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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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お千代と太一

お千代はおなごやに帰らず、福屋のあんこ餅を買い港で海を眺めながらもそもそと食べていると、突然、背後から何者かの手で目隠しをされました。


そして、『だ~れだ』と無邪気な声が聞こえてきます。


するとお千代は思わず口の中のモノを噴き出しそうになりました。

ぐっとのどの奥へと押し込めつつ、相手の手をすり抜けるためにうでを払いのけ距離をとります。


「――太一。一体なんなの!?」


警戒心むき出しのお千代は彼を見据えて言葉を投げかけます。

太一は理解できないという表情で、彼女との距離を詰めてきました。


「…どうしてそんなに驚くかな?昔もよくやってたじゃないか。忘れたのかい??」


「子供のころのことでしょ。もうお互いいい歳なんだし、やめてよね」


「つれないなぁ…。つ――じゃなくてお千代は、この港町へ来てからずいぶんと変わってしまったようだね」


「あんただって、里にいたころからコロコロと気移りしていたじゃない」


「う~ん。そのときは、それが一番いいことだと思ったからさ。でも今は違うよ」


何故か太一は自信満々に腰に手をあてて、うんうんと首をたてに二回振る。

その罪意識が微塵も感じられない態度に、お千代はカッとなり地団駄を踏みながら大きな声を上げました。


「そういうあんたの気まぐれとわがままに、私は散々振り回されたんだ。もう私のことは放っておいて、あんたのお気に召す女を探しなよ」


「う~ん。一応ね、きみがダメだった場合はそうするつもりだよ」


「いつまで自分だけに主導権があると思ってるのよ。私はあんたと関わるつもりはないから他をあたりなって言ってるんだよ」


「まあまあまあ。そう感情的にならないで、つるのそういうところは直した方がボクはいいと思うよ」


ちょっと苦笑いをしながら、太一は子供をあやすようにお千代のほほを指でつつく。



太一は昔っからこうだった。

自分の言うこと考えることがすべて正しいと疑いなく思っている。

小さいころの私は、何故か、そういう彼を頼りがいがある人だと思いこんでいた。


年を追うごとにつれて、彼の発言がおかしいとは思っていたが、お父さんやおばあちゃんたちに『旦那さまになる太一の言うことに逆らっちゃダメだ』と言いつけられてきたので、私はおとなしく従うことしかできなかった。


そのころには里の女たちにちょっかいをだす彼の行動にモヤモヤしながらも、夫婦になるんだからと我慢していたし、私にも優しくしてくれるから目をつぶっていた。


太一の両親や父や祖母も『男の甲斐』ということで、嫁になるならどっしり構えていればいいという。

里でもそれが許されていたのは、とくに男がいるわけでもない後家さんや未亡人だったからだと思う。


彼は『可哀想な女性』が大好きだった。

私はその部類に入らなかったらしい。

『可哀想な女性を慰めていただけ』

という理由で女性と関係をもつのだ。


当然、太一に本気になった女たちの標的は私になった。

大して器量も良くないのに、――と陰口を叩かれたものだ。

でも向こうも里の中で問題を起こすと『村八分』になるから大っぴらには何もしてこない。


そんなことに慣れたくらいのころにサヨたち親子がやって来た。

そして彼は可哀想なサヨに恋をする。


いつものお遊びとは違い、彼はあっさり私を捨てた。

私は可哀想な女じゃないし、強いから僕がいなくても大丈夫だろうってね……。


ここへ来ても彼のことで身を切る思いをしてきて、やっと吹っ切ることができたというのに、どうして私の前にこうして再び現れるのだろう―――。



里にいたときは、周りから言われるがままに生きてきたので、私は太一を好きだと思いこんでいたに違いない。


だから私はもう、こいつの言いなりになんてならない!



お千代は太一を思いっきり突き飛ばした。


すると彼はあっけなく後方の土の地面へと尻もちをつく。

そして痛みでしばらく立ちあがることができないことを見越して彼女は叫んだ。


「あんたが私にしたことが許されることなんか一生ないんだ!もう二度と私の前に姿をあらわすな!!」


言いたいことだけ吐きだすと、お千代はその場から悠々と立ち去りました。


突き飛ばされた太一は尻の痛みを感じながら、どうしてお千代がこんなことをしでかしたのか理解できずに首をかしげるのでした。




その夜、月は雲に隠れ、店の提灯の明かりを頼りに三郎は船宿が立ち並ぶ港の方へ足を運ぶと、沖の船を眺めるように店の名が入った前掛けをつけた太一が立っているのが見えました。


「……太一。お前、本当にここで仕事してたんだな」


三郎が話しかけると、彼は心ここにあらずな感じで声が耳に届いていないようでした。


『めずらしい…』と思いながらも近寄って肩を叩いてみます。

するとハッと目を見開いてこちらの方へ顔を向けました。


「――三郎か、おどろいた。いきなりなんだよ」


「いや、声は掛けたんだが……」


そういって三郎がすこし狼狽(ろうばい)すると、はははっと彼は薄ら笑いをしました。


「そうだね。さっきまでボクはちょっと考え事をしてたんだ」


「…つるに会ったのか?」


「うん。会ったよ。なんだかすごく変わってしまってびっくりしたよ」


「で、どうだった」


三郎がそう問いかけると、太一はがっくりと肩を落とす。


「ボクが来たことで喜んでくれると思ったけど、罵声を浴びせられたよ」


「……そうか」


まっ、当然のことだな。

と三郎は冷静にそう思ったが、彼はいつになく真顔でこういうのだ。


「遊女になって、悪い男たちに散々酷い目にあったから、つるはあんな風になったんじゃないのかな」


「はあ?」


「ボクがつるの目を覚ましてあげて、昔のような笑顔の絶えない彼女に戻してやりたいと思ってるんだ」


太一は目を爛々(らんらん)と輝かせ、両手をぐっとにぎりしめて語るのでした

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