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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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再会は突然に…

翌日、若い旦那さんとのやりとりで手ごたえを感じて、別れを惜しみつつ港へ戻って来たお千代の前に、あの男が現れた。


「おや、つるだよね?久しぶりだなぁ」


ひっと顔をこわばらせ、お千代は体を硬直させる。


太一は何故かつた屋のお手伝いをしているようで、舟から持ち帰った弁当箱を弁蔵から受け取っていたのだ。

そしてつた屋の女将さんが顔を赤らめながらお千代に近寄ってきます。


「この子、お千代さんの知り合いかい?昨日の晩からうちの手伝いをしてもらってるんだけど、気の利く子だねぇ。スレたところもないし、顔も良いし、しばらく店に置いてやることにしたんだよ」


「……ヘェ、ソウナンデスカ」


「あ、ボクはつるとは同じ里なんですよ。いつもよく遊んでました」


「幼なじみということね。知り合いがいるのはお互い心強いことだろ」


「ハハハ……」


乾いた笑いしか出ない。

その場から逃げだそうとお千代は固まった体を動かそうとしたら、松野さんが声をかけてきました。


「…お千代と同じ里で幼なじみなんだってねぇ。でも港町ではお互い遊女と奉公人だってことを覚えときな。――ほら、いくよ」


松野は太一にそういうと、女将さんにお辞儀し、お千代の衿をつかんで引きずるようにおなごやの方へ連れていきます。

つた屋の食器を運び終えた弁蔵も、太一の方を向き言いました。


「あれはここではお千代という。ほかに名はないと思え」


「お千代……?」


「遊女としての名だよ。元の名に戻るのは、遊女を辞めたときさ」


と、女将さんはころころと笑いながらいうと、太一の肩をぽんぽんと叩きます。

弁蔵はつた屋の主人から帳面の受け取ると、店から花街の方へと足早に去ってきました。


船宿の近くでは、仕事を終えた沖の遊女たちがまばらに自分たちの住処(すみか)へと帰って行きます。

そんな光景を目にしながら、太一はぽかんと口を開けてしばらくその場に立ちつくしていました。




松野はおなごやまでの帰り道、お千代の衿を離してからあきれ顔で言います。


「あんたの過去には干渉しないが、周りにヘンな誤解を与えるようなことはするんじゃないよ」


「…私、そんなにヘンでしたか?」


「分かりやすいくらい動揺してたさ。沖の遊女たる者、昔の男と合ったくらいで取り乱さないこと、いいね!」


「……はい」


港からおなごやまでそんなに距離がないはずなのに、お千代の足は重く、さっさと歩いてゆく松野に遅れながら、すごすごと背を丸めて細道をゆっくりと歩いて行くのでした。



お千代がおなごやに帰りつくと、高尾と志乃は何も言わないが、小波が食い入るように太一のことを聞いてきました。

好奇心なのか珍しいのかよくは分からないが、今朝も舟の中ではそっけない態度だったのに、ニヤニヤとうれしそうに話しかけてきます。


「さっきの顔の良い男の人って、お千代姐さんの何なんですか?」

「ただの幼なじみ」


「えっ、うそだあ。熱い視線を送ってましたよ」

「そんなことないよ」


「好きあってたとかなかったの?」

「ないない」


グイグイと近寄ってくる小波に辟易したお千代は、仕事着から普段着に着替えると、化粧を落としに桶とぬか袋を持って外へ出ました。



すこし離れた井戸の前には、同じく仕事を終えたほかの茶屋の遊女たちも洗顔に来ています。


あれとれとみんな楽しそうに会話をしている端で、お千代は井戸から水を汲み、自分の桶に入れると、冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗いました。

そしてぬか袋を顔にあてて白粉などの化粧を落とし、また顔を洗ってやっと素顔の自分にかえります。


手ぬぐいで顔を拭いながらお千代がおなごやへもどると、姐遊女たちから何か言われたであろう小波がぶすっとした顔をしていました。


(小波さんには悪いけど、あまり太一とのことは知られたくないんだよね)


お千代は太一と合っただけで、今日の体力をすべて出し尽くしたように壁に寄り掛かり、ぐったりとした表情で目を閉じました。



みんながそろって朝餉を食すころにはいつもの穏やかな空気にもどり、お千代は手習いの道具が入った風呂敷包みをもって表へと出て行きました。


すると、いい笑顔の太一がおなごやの前に立っていたのです。


「つ……。じゃなかった、お千代?でいいんだよね。これからお出かけ?」


「――なんで、あんたがここにいるの?」


顔面蒼白のお千代の問いに彼は首をよこにして答えます。


「ボク?仕事だよ。遊女さんたちが食べたあとの朝餉の膳の器を下げに来んだけど」


「ああ、仕事ね。…じゃあ、私急ぐから」


そう言いながら太一のよこをすり抜けようとしたときに『待って!』というかけ声とともにうでをつかまれる。


「なんでボクをさけるんだ。――つる、昔のきみはそんな子じゃなかっただろ?」


どこまでも純粋な瞳で太一はお千代を見つめます。

しかしお千代は心が凍えるような心境でした。


「……昔の私って何?あんたにとって都合のいい女でいろってこと?馬鹿々々しい。何しにこんなところまで来たのか知らないけど、私はお千代としてこの港町で生きてるの」


「まだサヨのことを気にしてるの?サヨはもう里にはいなくなったから戻って来ればいいのに…。遊女をしてるより、畑を耕してる方がきみには合ってるんじゃないかな」


「は?サヨなんかどうでもいいよ。あんたの顔が見たくないだけだ」


そう言い放って、つかまれたうでを振りはらい、お千代は全速力でその場から逃走しました。

そんなお千代の態度に戸惑う太一に、おなごやからコソコソと出てきた小波が話しかけます。


「アタシ、小波って言います。お千代姐さんと何かあったんですかぁ?」


「きみ、つ…じゃなくてお千代の友達?」


「ですですーぅ。小波って呼んでください。お兄さんのお名前教えてくれないかなぁ」


「ボクは太一。よろしくね、小波さん」


小さな身体でしなをつくりながら小波は太一のそばに寄っていくのでした。

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