太一の真意はどこに?
あれから三郎は、夜更けの船宿近くの港まで太一を連れて歩いてきた。
木賃宿から花街を抜けてきたのだが、格子の遊女たちと太一がしゃべりだして、さらに『入ってみたい』というのを無理に引き離して、彼の首を腕で引っ掛けて来たのだった。
ここは花街とはまた違い、船宿も宴会をしているのか店の前は明かりが灯り、人の浮かれた声と三味線や太鼓などの楽しそうな音が聞こえてくる。
岸で屋台をしている親父からうどんを二つ頼むと、三郎は雁木に腰掛けて思わす大きなため息をついた。
太一は夜の海や港に馴染みがないせいか、きょろきょろと辺りをうれしそうに見回している。
「へい、うどん二丁あがったよ」
「……どうも」
「うわ、アツアツだぁ。ありがとう親父さん」
うどんを手にして再び三郎は雁木に座ると、その横に太一も腰かけて、ふたりで夜の海を眺めながらうどんをすすります。
沖には数艘の船が薄明りの中、停泊していました。
「向こうの船につるが乗ってるのか?」
と、太一が何の気なしに指で指すと、三郎が面倒臭そうに『かもしれない』とだけ言う。
実際に三郎は沖の遊女のことをロクに知らない。
ただ、先輩たちが言うには、この島にやってくる船の水主を相手にしていて、港町の住人は彼女らを『べっぴんさん』と呼んでいること。
下級の遊女ではあるが、茶屋の管理下におかれているので、決して傷などつけてはいけないと言われている。
花街で働く男たちはやくざや地廻りと似たような者もいるから、島の遊女たちにもしものことがあれば、そいつらが動きだすぞと脅されていた。
里から出たことのない太一は『へー』と言いながら、しばらく沖の船を見つめていました。
四半刻が経ち、ふたりはうどんを食べ終わると屋台の親父にどんぶりを返しました。
そして三郎は改めて、太一に里へ帰るように促します。
「この港町を見ただろ?お前は今も里で暮らしてきた気分のままだろうが、ここで過去をいくらほじくり返しても何もでてこないぞ。里のころのつるはこの港にはいない。明日、船が出るなら帰りな」
「……たしかに、ここは三郎のいうように里とは大違いだね。でも、誤解しないで欲しいんだ。つるだけに固執するほどボクは浅はかじゃない」
「へ?ほかに女がいるのか??」
「いるじゃないか。さっきの花街にもキレイな女がたくさんいたし、港町にも女はいるだろ。里にいると嫁がこないから、ここで探せばいいじゃないか」
「は?はあ??」
「決めた!ボクもしばらくこの島で暮らすよ」
「なんでそうなるんだよ!仕事の当てもないのに!?保証人になってくれる人もいないだろ?」
「そこはほら、何とかなるんじゃないかな」
はははっと笑う太一に、どこまでも話がかみ合わず要領を得ない事に三郎はげんなりとした顔をする。
客商売の多いこの界隈で、身元不明な者を雇う店はまずない。
雇った者がもしものことを起こせば、責任は店の亭主が被ることになる。
三郎はこの島に住む遠い親戚を頼って、やっと職にありつけた。
島の人夫の募集はたいてい人の多い本土で行われるが、里のような小さな集落に仕事の募集は来ない。
身元不明でも構わない職業もあるが、賃金の安い仕事か表には出せない裏の仕事くらいである。
「三郎も嫁をみつけてさ、ふたりで里に帰ればみんな丸く収まるよね」
そう言って太一がにかっとほほ笑む顔にムカついて、三郎は大声で言い返した。
「冗談じゃない!オレは里には帰らないし嫁もいらない!!」
「なんで?」
ほえっとした顔をしながら太一が首をよこへ傾ける。
「里に帰ってもとうちゃんや太郎にぃにこき使われるだけだし、嫁なんか連れて帰ったらふたりの慰み者にされるのがオチだ」
「どうしてそんなにも暗いことしか考えないワケ?」
「……お前がここで仕事するなり嫁をもらうのは構わないが、これ以上はオレを巻き込まないでくれ」
三郎は真顔で切実にそう訴える。
すると太一はすこし悲しそうな顔をして『わかった…』とだけ言った。
「オレは明日も仕事があるから帰る。あとはお前の好きにしろ」
なんとか言いくるめたと思った三郎は、そう言い残すと暗闇の港町の中を走り去って行った。
残された太一は、しばし沖の海を眺めたあと、三郎とは違う方向へと足を進めるのでした―――――。
そのころ沖の方では一仕事終えたお千代が、旦那さんに寄り添っていました。
まだ若い旦那さんは好奇心旺盛で、あれこれと試したがるし体力もあるし回復も早いので、それに応じるとお千代の体は疲労でガクガクになります。
(昨日もけっこうな回数をこなしたのに、どこからこの無尽蔵な力が湧いてきてるんだろう……)
旦那さんは竹の水筒より幅の大きな水筒の水をごくごくと飲むと、『ほら』とお千代に手渡してきました。
「…ありがとうございます」
お千代も大きな水筒に口をつけ、こくこくと飲みこんでゆく。
抜けた水分を補うように、飲みこんだ水が体中に染み渡るようでした。
水筒を旦那さんへ丁寧にお返しすると、お千代はふへ~っと体の力を抜きます。
その様子をみながら若い旦那は不思議そうな顔をして言いました。
「お千代は遊女って仕事嫌じゃないのかい?」
「嫌も何も、親に売り飛ばされた身ですから…」
神妙な顔でお千代が語ると、
「親もやむを得ず、娘を売るしかなかったんだろうね」
旦那さんは落ち込むようなしぐさをします。
しかしお千代は首をよこに振りました。
「母親は私を生んでからすぐ死んで、父が後妻を娶ったんですよ。その後妻が父が死んだあと、私を男に売り飛ばしたんです……」
「それは酷い話だ。どうして後妻に反抗しなかったんだ!?」
「後妻は男に取り入るのが上手い女で、私はなすすべもなかったんですよ」
そう言いながら、お千代は涙を流す。
すると旦那さんは彼女を抱きしめました。
「おれ、つぎもお前を買うよ。お千代は幸せになるべきだ。早くこの苦界から抜け出すんだぞ」
「…旦那さんはお優しい方ですね」
お千代も旦那さんの背中に腕を回す。
(我ながら何という三文芝居……)
彼女は女を武器に旦那さんを垂らし込むことに成功すると同時に、心の中で良心の呵責を覚えます。
(でも、こうしないと私はまた流されてしまう気がする)
遊女たる者、うそは方便。
それを信じる旦那が悪いんだ。
などといいワケをしながら、着実に身も心も遊女になっていくんだとお千代は感じていた。




