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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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来訪者、あらわる

月の明かりが雲に隠れた夜四つの刻限。


しばしのまどろみの中、ふすまの向こうから小声で話かけられました。


「――旦那さま、そろそろお時間です」


「……ん」


男はもぞもぞと乱れた布団から這い出てくると、脱ぎ散らかした着物を着はじめる。

初音も起き上がろうとしたが、男はそれを制止て帰り支度を整えると彼女の頬をそっと撫でました。


「お前はまだこのあとも仕事があるんだろ?ギリギリまで休んていた方がいい」


「でも、お見送りしんせんと……」


「いや、見送りはここいい。玄関まで来られると、初音と別れるのがつらくなるからな…」


そう言って寂しそうな顔をする男に、初音は小指を差し出し、薄くはにかんだ微笑みを浮かべます。


「またわっちに会いに来てくんなまし。ぬしさま、約束でありんす」


「指切りだなんて、おっかない約束だなぁ」


そういいながらも、すこし照れた笑いをしながら男は初音の小指と自分の小指をつなぎました。

すると初音はふふふっと笑いながら、子供が遊びで行う指切りの唄を口にします。


「指切拳万、嘘ついた~ら針千本呑~~ます。指切った」


唄い終わるとふたりで小指を離しました。


意外な初音の振る舞いに男はおどろきましたが、つないでいた小指を眺めながら何かを懐かしむような顔つきになります。


「……約束したから、また初音に会いに来なくちゃいけなくなったな」


「そうでありんす。約束しんしたよ、ぬしさま」


「ああ、それじゃあ帰るよ。またな、初音」


「あい、おさらばえ」


旦那さまが大広間から出て行くと、初音はけだるい体を褥に横たえて、うとうとと寝はじめました。


実は彼女は酒が抜けきっておらず、正常な理性がないまま友達に接するかのような行動をしていたのでした。

つぎに起きたときは、岡の遊女の範疇(はんちゅう)を越えた旦那さんへの対応の記憶に、頭を悩ますことになりそうです……。



一方、そんなこととはつゆとも知らず、酒の強い男は遊女の揚げ代と酒代を若い衆へ支払うと、茶屋の表へと出て行きます。


(これで二朱銀二枚と一朱銀一枚か……。遊女に入れ込んで身持ちを崩す奴らの気持ちがよく分かるよ)


はあっとため息をつくが、後悔しているわけじゃない。

未だに脳裏に浮かんで消える女のことを思いだしていたのだ。


(――指切り、したよな。……サヨとも)


初音との指切りで、忘れようとしていた女のことを思い出すなんて、――ついてない。


茶屋へ通いはじめたころは、無我夢中で女を抱いていたから昔の女を思い出すこともなかった。

何せ彼女とは会話だけで、体の関係まで至ったわけじゃない。

遊女だろうと体を重ねれば、情も湧くし愛おしくも感じるようになる。


(初音はサヨじゃない。初音は初音だ!)


頭を振って意識しないように努めるが、初音を抱きながらもその向こうには何故かサヨがいるのだ。

その出口のない不透明な心境と初音に対する申し訳なさに、彼は苦悩していたのである。


(酒を呑むと嫌なことを忘れることができるというが、オレは忘れることさえも許されない身体なんだな……)



夜もふけってきたにもかかわらず、明かりが灯る華やかな花街を抜け、男が寝泊まりしている雇い主の屋敷の一角にある物置小屋のような寝床に戻ってきた。


その中では囚人部屋のように男たちがひしめき合い、若い者は部屋の一番隅で肩を寄せ合いながら寝ている。


男がその中へと入って自分の寝床へ向かっていると、よく話をする先輩が声をかけてきました。


「帰ってきたな、三郎。お前に客人だとよ」


「…オレに客?」


「山側の木賃宿(きちんやど)〔素泊まりの安宿〕に泊まってると言ってたから、積もる話もあるだろうし顔見せに行ってみたらどうだ。だが、明日の仕事までには帰って来いよ」


「―――っ」


そんな話を聞かされて、嫌な予感しかしない……。


三郎は大急ぎで再び外へ飛びだすと、客人がいるという木賃宿へと走って行きました。



まだ店々の明かりが灯る中、息を切らせて宿屋に着くとまばらな旅人の中にヤツがいた。

相手はこちらに気づくと、長旅で疲れた顔をしながら近づいてきました。


「おーい、三郎。元気してたかー?」


と、のんきな声で話しかけてくる。


「……太一、どうしてオレの居場所が分かったんだよ」


「三郎の家族から聞いたよ。ついでに家に帰るように説得してくれって」


「くっ…。そういやお前、どうやってここまで来れたんだ?金もなかったんだろ??」


「場所は分かってたから、親切な方たちに旅先で教えてもらったよ。それに金は親戚から借りたんだ」


本当は怒鳴りたかったが、周りの迷惑になりそうだったので三郎は抑え気味に太一に問う。


「あのなぁ。ここまで来てなんだが、つるのことはもうあきらめろ。お前の言葉はもうあいつには届かないと思うぞ」


「そんなことないって、大丈夫、大丈夫!そう言えば、つるの居場所を知らないか?」


「…沖の遊女は夜に仕事してるんだよ。だから今はいないと思うし住んでる場所も知らねぇ」


三郎が頭をかきながら太一にそう伝える。

すると太一は『そうなんだ』とけろっとした顔でいうと、つぎに晩飯をおごれと言いだした。


「な、頼むよ。ここまで金をけっこう使っちまったからな。何でもいいよ」


「なんでオレが…」


「今日お前、遊女買いにいってたんだろ?だったら金あるよね」


「――なんでそんなこと知ってんだよ!」


「いやー。あそこの人たちがお前のこと色々話してくれたんでぇ。面白い人たちばかりだよね」


「あ、あ、あああああっ」


里でも一番の【誰とでもすぐに仲良くなれる】という太一のずば抜けた能力は、ここでも発揮できたのかと三郎は頭を抱えて叫び声を上げるのでした。

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