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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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唄と酒と男と女

二階の大広間の一画で、睦み合う周りの声をよそに、初音が旦那さまのために三味線を片手に唄います。


「ほれ~て~ かよ~え~ばぁ せん~りもぉ いち~り~ ―――……」


初音は、『恋人に会いに千里の道を歩いてきても、恋人に会えなきゃまた千里の道を歩いて帰る』みたいな情歌を、たどたどしくはあるが丁寧に唄う。


その澄んだ歌声に、若い人夫が酒を口に含みながら脇息(きゅうそく)にひじをついて酔いしれる。


「……まるでオレのような唄だなぁ」


「ぬしさまの?」


「初音に会いにここへ来ても、近頃は『今は空いてない』と断られることがあるからなぁ……」


「そうなんでありんすか。いつなるときもご贔屓にしてくださってるのに申し訳ありんせん 」


「いや、初音に文句を言ってるわけじゃないよっ」


手をついて頭を下げる初音に、男はわたわたと動揺してやめさせます。

そして初音の顔をうかがいながら、ぽんと手を叩きました。


「あ、あれ、あの蝉とか蛍の唄がまた聴きたいな。オレは初音が唄うものの中で一番好きだ」


「…それは『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』でありんすか?」


「そうそう、それだよ」


男が無邪気な笑顔でそう答えるので、初音も自然と顔をほころばせて三味線をかき鳴らす。



(まるで子供のような男性でありんす)


この旦那さまはすぐに床に付くこともなく、会話やこうした唄などで楽しまれることが多い。

そして酒に強いらしく、毎回酒を頼んで(さかずき)を傾けながら唄を聴くのが、ここ最近の定番になりつつある。


茶屋(みせ)に泊まることはないが、限られた時間内でどう楽しむかを模索しているような――そんな気もします。


しかし若いのに、こう頻繁(ひんぱん)に女を買いに来るのは金銭的に大丈夫なのかと初音は思ってしまうのだ。



恋に焦がれて~を唄い終わると、初音は男のとなりに寄って盃に酒を注ぎます。


「ぬしさま、度々わっちのために足を運ばれることはうれしく思いんす。でもご無理はしないでくんなまし」


男はその言葉を聞いてキョトンとしたあと、はははははっと大笑いしました。


「――ああ。金のことを心配してくれてるんだね。貯めてた金が無駄になったから、今はパッと使ってみたい気分なんだ。それに食うに困ってるわけじゃないし、借金して来てるわけじゃないから気にしないでくれ」


「貯めてたお金が無駄になるんでありんすか ?」


「……嫁をもらおうとしていたが、相手に逃げられてね。――というか、元から相手にもされてなかったらしい」


そう言いながら男はぐいっと盃の酒を飲み干す。


この茶屋で出てくる酒は少々キツイのだが、男は顔色一つ変えず、盃を初音の前に差し出した。

初音がお銚子(ちょうし)を傾けると、ちょろっと酒が流れて中が空になったようだ。


「まあ、もう酒が尽きてしまいんした」


「じゃあ二本目を頼むか」


男が初音から空のお銚子を受け取ると、ふすまを開け近くに控えていた若い衆に酒の追加を頼みました。


その姿に初音がくすりと笑います。


「ぬしさまはお酒がお好きなんでありんすね」


「ふだんはあまり飲まないよ。金を貯めていたころは付き合いの酒すらももみんな断ってたからな。そのせいで周りから酒が飲めないつまらない野郎あつかいされてる」


「お酒が飲めないと面白ろうありんせん?」


「ああ、男社会はそんなもんだ」


つまみの小鉢を箸でつつきながら男はため息をつきました。

初音は男の左の手のひらを揉みながら言います。


「一度はダメになっても、つぎは上手くいくかもしれんせん」


「オレは今のままでも十分だと思ってる。こうして初音がそばにいるだけでいいんだ」


「ぬしさまは欲がありんせん」


「ははは、ここへ通ってるだけでも欲張りだと思うよ」


「そうでありんしょうかぇ?」


そんな会話をしながら、男が初音に抱きついた丁度そのとき、ふすまが開いてスッと盆の上に乗ったお銚子が差しだされました。


「…そこへ置いておいてくれ」


男は間の悪さに焦りながら、酒を持ってきた若い衆にそう断りをいれた。

向こうも慣れたものでふすまを音もなく閉め、言葉もなく気配を消して去ります。


ふところに収まっている初音を抱きしめていた男は、お銚子の乗ったお盆を自分の手前まで手繰り寄せると、盃に注がずに直で酒を口に含むと、彼女のほほに手をあて唇を口で塞ぎました。


「――ん」


男は口移しに酒を初音の口内へ流しこみます。

彼女はのどを伝う温かくてキツイ液体と、体の奥からちりちりと熱くなってきていることを感じました。


初音は酒はあまり得意ではない。


旦那さまから盃をいただくことはあるが、ほんの少し舌を湿らせるだけで今日ほどたくさんの量を口にすることはありませんでした。


客の前では無様な姿を見せてはいけないので平然を装うとするが、頭がクラクラし始め、座ることもままならなくなってきた。


そんな初音をしっかりと抱きしめ男は笑います。


「耳まで真っ赤にして、初音は可愛いなぁ…」


初音の羽織はこの部屋に入ってきた時に脱いで屏風に掛けているので、男は彼女が身に付けている帯に手をかけると、スルスルとほどきます。

そしてフラフラしている初音の手触りのよい着物を脱がして端へ寄せました。


長襦袢姿の初音を褥に寝かせると、再び唇を合わせます。


酔いの回った彼女は、顔を赤らめながら男をなすがままに受け入れるのでした。

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