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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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雨上がりの夜

その日は何事もなくみんな客を取ることができた。


港で寝泊まりができない身分の水主は、ほかの港町でも女を買うことが厳しい。

この島のように遊女が舟でやってくることがあまりないのだ。


特に(かしき)の役についている若者は船で留守番役をさせられる。

そして岡の遊女を買う金のない者も船でヒマを潰すしかない。


港町ではどこもかしこも花街が軒を連ねています。


その規模は港町の大きさに比例するが、藩公認の遊郭や遊女茶屋、裏で店をかまえる非公認の宿屋まで様々な運営方針で遊女たちは春を売っているのだ。



服装に関しても遊女の身分などで違いがある。


沖の遊女は黒地に模様の入った着物を着用している。

夜に仕事をする生業だからなのかもしれない。


岡の遊女はもっと艶やかな色合いの着物で、花街と呼ばれる所以(ゆえん)(かも)しだしていた。



船行灯(ふなあんどん)のない船内で、黒地に(まり)の柄が描かれている着物を着たお千代は、手持ちぶたさに立っていました。


暗い中で肌だけが白く浮き出ているその姿は、まるで闇に巣くう亡霊のよう――。


たまに自分で自分の姿に驚くことがあります。



(お手伝いはいいって断られると、こっちは落ち着かないんだけど…)


雨も上がり船の雨漏りが収まったところで、水主が雨水を拭って寝床を整えているのをお千代は眺めていました。


船は海水が入らないような工夫をされているが、雨漏りの対策はほとんどされていない。

船底に溜まった雨水は、すっぽんで吸い上げることができるため、ワザと雨漏りをそのままにしているという船もあります。


(でも着物が濡れるのは勘弁して欲しい……)


冷たいし、寒いし、雨の日の船は好きじゃない。



不快感で頭がいっぱいにならないように『いろは唄』を口ずさむ。

その唄の意味は分からないが、何も考えずにその歌詞を詠むのは嫌いじゃない。


お千代がくり返しいろは唄を歌っていると、作業を終えたであろう旦那さんが彼女のそばに近づきます。


「キレイな歌声じゃねぇ。芸事もやっとるんか?」


「いえいえ、これはただの下手の横好き程度の歌ですよ。本当の芸妓はこんなもんじゃないですよ!」


「いいねぇ。おれも島に上がれるようになったら、岡の遊女の客になってみたいもんじゃのぉ」


「そのときには、うちの萩屋をご贔屓にしてくださいね」


にこりとそう言ってお千代が笑うと、旦那さんはうんうんと頷きながらも早く早くとせかすように彼女を床へと連れ込むのでした。





雨がんで日が沈むと、花街は昼間の景色を変え、煌々(こうこう)とした明かりが灯りはじめます。

そのころには美しい女性をひと目みようと、男たちがわらわらと花街へとやって来るのでした。



夜見世もこれからが本番。



男と女の駆け引きが格子をはさんで繰り広げられます。


萩屋の前も多くの人だかりができていました。

そこに初音がぽつんと座っています。


よこの姐遊女の手前、おおっぴらに客引きもできずに扇子で口元を隠しながらため息をつきました。


(もう少し、姐さん方から離れた場所に座りたいでありんすぇ……)


それさえも許されない自分の不甲斐なさがうらめしい―――。



男性に対して少々恐怖心をもっている初音は、くら替えしてきてからしばらくは恐怖と緊張のあまりに客から不興をかっていた。


客は楽しみたくて茶屋にやって来ているのに、怯えて震える仔猫のような初音の姿に興ざめして帰ってゆくのだ。

これは遊女として致命的な弱点であり、目を閉じてじっとしているだけだとと『人形を抱いてるようで気持ち悪い』言われるしまつ。


女将さんの手助けを得て、ようやく乗り越えようとしていた矢先にふたりの姐が降格し、旦那さまに不興をかわない程度まで頑張って仕事をこなせるようになったがこの状態は続いている。



もっと自分に度胸があれば、この姐たちより前にでて客引きができるというのに――、と思うだけで何もできない。


このもどかしさに欝々(うつうつ)としていると、弥彦から声をかけられました。


「初音さん、ご贔屓ですよ」


と―――――。



初音がその場から立ちあがり、玄関の板の間までしずしずと歩いて行くと、ここしばらく足繁く通ってくださる若い人夫が照れくさそうに彼女の方を見ていました。


「ぬしさま、お越しくださり有難うございんす」


「初音に会いたくてね、ついこの茶屋に来てしまうんだ」


「わっちのために、うれしいでありんすぇ」


初音がほがらかな笑顔で若い人夫の手を取ります。

彼は弥彦に酒を頼むと初音とともに二階の大広間へ向かいます。



弥彦が手帳にサラサラと文字を書きつつ厨の方へ足を運ばせようとしたときに、須磨と松風がくすくすと笑いはじめました。


「若くてもあの程度の人夫しか客が取りんせん。初音も大したことありんせんなぁ 」


「小物と寝てるだけしか能がない小娘でありんす」


あまりにも品のない言いぐさに、弥彦はふたりの遊女の元へ行きました。


「もう少しお静かにしていただけませんか?」

「これでも十分静かですぇ」

「下郎が何用でありんす」


「それにお客人の悪口を平気で言うものではありませんよ。それでなくても、あなた方の売り上げは地の底まで落ちてますからね。来月には初音さんがあなた方の席より前になる予定ですから、そうやって笑えるのは今のうちですよ」


と言いながらにこりと微笑むと、弥彦は足早に厨へと去っていきました。



その言葉にくっとしかめっ面をする松風に対し、須磨はちょっと考え込みました。

本来の須磨は聡明な女性でしたが、豪胆な松風につられてしまって今に至ります。


弥彦の言葉は脅しではなく、本当にまた格下げになることの宣言でした。


拗ねる松風をよそに、須磨は冷や汗をかきながら、背筋を伸ばして格子の外へと客引きをしはじめるのでした。

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