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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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雨のおなごやにて

雨の中、茶屋から帰ったお千代は傘を土間の隅に立てかけると、手ぬぐいで濡れた足元を拭きました。


そして居間に上がると手前の囲炉裏の前に座り、近くに置いてある急須のふたを開け中にまだお茶が入っているのを確認すると、自分の湯のみに注ぎました。


「夏といえども雨の日は体が冷えるねぇ」


と独り言をいいながら、貸本屋から借りた草紙を読みはじめる。

お千代はすっかり簡単な文字の書かれた本なら、松野に教わることもなく読めるようになりました。


(もう子供用の御伽噺(おとぎばなし)や昔話くらいなら、スラスラッと読めるようになったなぁ。つぎはもう少し大人向けの本を貸本屋さんに選んでもらおう)


寝ころびながら両手で草紙をもって昔話を楽しみます。

ちょうどカチカチ山の物語の後半に差し掛かったあたりに、さっきまで横になっていた小波が声をかけてきました。


「……あの、お千代姐さん」

「あ、はいい!」


初めて”姐さん”と呼ばれて、お千代はやや緊張した声で返事をしました。

そんなお千代のことなど気にせず、小波は彼女が手にしている草紙を指さします。


「それはなんですか?」

「え、…ああ。昔話が書かれた草紙ですよ」


「昔話って子供が聞く物語じゃないですか??」

「そうだね……。でも文字を読む練習も兼ねてるんだよ」


「ふ~ん。文字が読めたらイイことでもあるのですか?」


冷めた目でみる小波をよそに、お千代はふっふーんと荒い鼻息をだすと、小さな行李(こうり)から四つ折りの紙を取りだして彼女に開いて見せつけた。


「もう少ししたら、この上の文字がぜーんぶ読めるようになるんだよ」

「はあ??」


版画の姿絵を目の前に出され、小波は目を大きく見開き狼狽する。

見せられたものは男女の営みが赤裸々と描かれた絵なのだから……。


「この左下が音をあらわす文字なの。右中も音で、さらに下の方の文字は女の人のセリフが書かれてるの。…でも一番上にびっしりと書かれてる文字は漢字とかな文字が崩れすぎてて、まだ私には読めないのよ。だからここに書かれている物語が読めるようになったら、この絵ももっと楽しめるんだよ?」


「……こんな絵の文字を読むために」


理解出来ないという顔をする小波にお千代は笑いながら答える。


「あはははは。こんな絵のためでも、読めないより読めた方が面白いじゃない」


「――そう、ですか」

「うん。そうそう♪」


お千代はにこにこしながら小波にいうと、彼女はあきれたように自分の縄張りへと帰って行った。


その姿を見てほっと一息つくと、お千代は姿絵を行李に戻し、再び草紙を手にごろごろと床に転がりながら昔話を読むのでした。




夕方、雨も小雨になり沖の遊女たちはいつもの場所へと集まる。


沖の船と商売する舟はまばらで、晴れた日のように多くはない。

それに沖の船自体も今日は少なく、沖の遊女たち全員に客が付くか分からないくらいでした。


そんな折、高尾と志乃は屋台のうどんをすすりながら、空よりどんよりとした顔で会話をしていました。


「あのこと、お千代に言ったか?」


「いいえ。こういうことは経験しないと分かりませんから…」


「だからといって、もしものことがあったら連帯責任だぞ」


どんぶりからつまみあげた油揚げにかぶりつきながら高尾はそういう。


「金銭的には困りますけど、早く駆除された方が寧ろ好都合。――ではなくて?」


「それでお千代を差し出したのかよ。松野姐も酷いよなぁ」


「でも今日の様子だと、お千代も薄々は気づいてますわよ」


ズズッと汁を吸いながら志乃が答えると、高尾はどんぶりを屋台の主人に返し、懐から小さな巾着をだして言い返しました。


「そうかあ?いつものようにノー天気だったぞ」


「そう見えたのなら、相手の目標はあなたに移りますわよ?」


「うぇ、もう勘弁してくれよぉ~」


高尾は巾着の中から干し梅を一粒とって口に放り込みます。

うどんを食べ終わった志乃にも巾着を差し出すと、彼女も一粒をいただいて口に含みました。


「まったく…。ここ数年こんなことばかりですわ」


「ほかの茶屋でもそんな感じみたいらしいぞ」


「それはそうですわ。沖の遊女は下級の遊女でも、旦那さまへの信用と信頼が売りですもの。それが欠けてしまったら、この港町の住人から袋叩きにされても文句は言えないわね」


「へいへいっと。船寄せ人形が船を追い出すようなマネをしたら、……おっかねぇ」


「あ・な・たも、注意なさい」


口の中で干し梅を少しづつ噛み潰しながら、梅のすっぱさをこらえ言う志乃に対して、高尾はくっちゃくっちゃと音をたてて干し梅を噛み砕くと、種をペッと海へと吐きだしました。




昨日の客の船が沖にいるので今日は三番目になり、今日は客を取り損なうこともなく、松野はうれしそうな顔つきで舟の中に入ってきました。


「今日はツイてるわね。この天候だし暇を持て余してる船の旦那さんたちが今日も買ってくれると思うし、いいツキが回ってるようだね」


「朝は酷い雨だったけど、風はあまり吹いてなかったしな」


「その上、このべた凪でしょ?船も出せませんしね」


高尾と志乃もうんうんと頷きます。


「じゃあ、明日も船が泊まったままなのかな?」


「明日は強い風が吹くからこの島から離れると思うぞ」


お千代が楽しそうにそう言うと、外にいる弁蔵がしれっとそう口にしたのだ。

それを聞いて松野は物珍しそうな顔をします。


「おや、遊女の話に交ざってくるなんて、めずらしいこともあるんだね。弁蔵」


「…そんなにめずらしいか?」


「うんうん。めずらしいねぇ」


「……そうか」


舟の中から弁蔵の顔をうかがうことはできないが、たぶん、今までに見たことのないような顔つきをしてるんじゃないのかと、高尾と志乃とお千代の三人はそう思って笑いそうになりました。

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