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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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小波という遊女

向かった先の船は遊女を買いたい水主(かこ)が三人だったので、お千代と新人の小波、そして世話役の松野が船の中へ入り、高尾と志乃は別の船へと移動していきました。


こういう場合は弁蔵は残りの遊女をほかの船に届けたあと、再度こちらの船にもどって料金を徴収し、あとのふたりの金も取りにいかねばらなずとても大変でした。


船の中には先に来ていた三田屋の遊女が四人、後から来た萩屋(うち)の遊女が三人ということで、先行の三田屋の遊女はすでに旦那とともに寝屋へ向かったそうだ。


食事を船宿で頼まない船は、先に夕餉(ゆうげ)を済ませてあとは遊女としっぽりと、…という具合になる。

そして船頭や三役などは岡の茶屋で軽く飯と酒にありついて、女に添い寝してもらうことが多い。


船の船頭ごとに楽しみ方は違うのだ。


金がなくて沖の遊女すら買えない水主たちは、周りの睦みあいを聞きながら夜着を引っ被って寝る者もいる。



今日の客はこの島が今まで来たことがなく、先月から新しく内海近辺の荷を港から港へと運ぶ仕事をはじめたらしい。


遊女たちは簡単な自己紹介などを終え、早速金額交渉に移りました。


今日は若い男が三人残っているので、初仕事の小波が一朱銀一枚と五十文で決まり、お千代は一朱銀一枚百文、そして松野が一朱銀一枚と二百文という妥当な値段で終わることができた。


それぞれ旦那に(ともな)われ床に就くと、お千代のその日の旦那はロクな会話もなく淡々とことにおよび、そして終わるとイビキをかきながら寝てしまった。


(……まぁ、こんな日もあるよね)


自分の死んだ父親と同じくらいの年齢の水主に買われることの方が多いお千代は、若い男との同衾(どうきん)にはまだ不慣れだった。


(こういうのも楽でいいけど、仕事としてはどうなんだろ?別に私じゃなくてもいいやって思われたらつぎがないし、…でもあまりしゃべりすぎても鬱陶(うっとう)しいよね。――んー、難しいなあ……)


お千代は旦那さんのとなりで横になりながら、今日の反省点とこれからどうしていけばいいのかを思索するのでした。



夜が明けて弁蔵の迎えの舟に乗り込むと、寝不足のお千代は足取りもおぼつかずにふらふらと舟の中へ入ります。

それを見ていた松野はお千代の背中を叩いて『しゃんとしな』と喝をいれました。


初めての仕事を終えた小波はというと、とくに昨日と何も変わらず、舟の中の隅に座って口の端を上げてニヤニヤとしながら考え事をしているようでした。


(何だか小波さんって近寄りがたいなぁ…)


でもこの感じ、どこかで見たことがある―――。


すこし記憶を(さかのぼ)ってみたけど、ここの島のことではない。

それ以上の前の記憶はあまり思い出したくないので思考を停止させる。


(人のことを詮索するのはよくないことだね)


お千代は気持ちを切り替えて、小波について考えることをやめました。



それから朝餉(あさげ)を食べ終えると、お千代は手習い道具の入った風呂敷をもってお茶屋へ出かけました。


その光景を小波がいぶしかしげに見つめながら松野にいいます。


「お千代姐さん、習字道具なんかもってどこ行くんですか?」

「ああ、お千代は茶屋で読み書きの練習をしてるんだよ」


「ひとりだけ、ですか…」

「あんたも習いたきゃ楼主(おやじ)さんへいいな。ま、その分しっかり借金に上乗せされちまうけどね」


「へぇ……」


松野の言葉を聞いて小波はすこし考え込みました。

そんな彼女に高尾は床でごろごろと寝がえりをうちながらいいます。


「ま、うちらみたいな沖の遊女が読み書き覚えたところで客のつきがよくなるわけじゃないぜ。そういうのを求めてる男は岡の茶屋にいくしな」


「ですわね。お千代は年季明けを見据(みす)えて行動してる節もありますから、あなたが気にすることじゃありませんわ」


「あの()は遊女にしてはちょっと変わったところがあるんだよ」


志乃や松野もそういって話を軽く流しました。


しかし小波は姐遊女たちが見えないところでくっと顔を(ゆが)める。

そして小声でブツブツとつぶやきだした。


「もう年季明けのことなんか考えてるんだ。大したことなさそうなヤツなのに、読み書きできる程度で男にちやほやされたいのかなぁ。――ブスの分際で生意気ぃ」


なおも腹から込み上がってきた言葉を誰にも聞こえないくらいの小声で吐きだします。


「松野ってババアもえらっそうだし、高尾ってデブは男みないな感じだし、志乃ってヤツはいけ好かない女だよ。みんなアタシのことバカにしやがって、年増のくせに若いアタシをバカにしやがって……」


そうつぶやきながら小波はふらりと立ちあがり、草履(ぞうり)を履いて表へ出て行きます。

そして誰もいない岸辺の片隅に座り込んで、雑草を引きちぎりながら思うままにしゃべりだした。


「大体、キレイな着物が着れるっていうから遊女になったのに、なんでこのアタシが上等な絹の着物じゃなくて、木綿の着物を着て底辺の水主に抱かれなきゃいけないのさ。アタシほどのいい女なら茶屋の遊女になれるわよ。ホントふざけんじゃないよ。昨日の男もへったくそで自分だけ気持ちよく出したら寝ちまうし、やってられないっての!」


自分の不満を一切合切(いっさいがっさい)吐きだして、草の汁がついて緑色に染まった手を見つめて、小波は薄ら笑いを浮かべながら言うのだ。


「アタシが誰よりも女として優秀ってところをみんなに見せつけなきゃダメよね。遊女なんて女を売ってなんぼのもんじゃない。格下の女どもがいくら頑張ったところで無駄だってことを知らしめなきゃいけないのよ」



夏の空は移ろいやすく、厚い雲に覆われ薄暗くなってゆく。


そして大粒の雨が降り始める中、彼女は地面に這う虫を海へ投げ捨て、海面にもがくその様を眺めながらニヤリと口の端をあげる。


「アタシは誰にも負けないんだから、今にみてなさいよ」


雨に濡れながらも小波はくくくと笑いながら、力尽きて動けなくなった海面の虫を見続けるのでした。

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