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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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番外編:三郎は今・後編

本当は早くこの里を出て行きたかったのに、ひとの都合などお構いなしな太一の家で夕餉(ゆうげ)をとる。


お椀一杯の粟と山で取れた山菜を煮込んだ雑炊。

それに大根を拍子木切(ひょうしぎぎ)りにして味噌漬けにしたものがでてきた。

それをみただけでこの家が金にひっ迫した状況をうかがい知ることができた。


お椀と箸を手にとって辺りを見回すと、太一の両親はただ口に飯を運ぶ人形のような様相で、太一はいえば前と変わらずにこにこと笑顔で食事をしていた。


子供のころにもこうして夕餉をともにする機会があったが、三人とも笑顔が絶えない家庭だったと思う。


里にいたころの太一の両親はひとが(うらや)むくらいに仲がよく、みんなからオシドリ夫婦と呼ばれていたのだが、…今はその影もなくお互い死んだ魚のような目をしている。


そんな両親の姿も関係なく、太一はうれしそうにつるを嫁にするとふたりに伝えた。

遊女をやっていることは除いて……。


すると話を聞いた親たちの目に光がもどり、太一の絵空事のような夢物語をうなずきながら聞き入っていた。


「つるが嫁に来るならもう心配ねぇな。サヨより器量は劣るが仕方ねぇ」


「あたしはね、最初っからつるちゃんの方がよかったよ。()()()()()()()()あんな阿婆擦(あばず)れ女たちに引っかかるかねぇ」


おばさんは日頃のうっぷんが溜まっているのか、それみたことかと夫と息子をあざ笑う。

太一が言っていたが、おばさんはもう親兄弟がいないので仕方なく里に残っているらしい。


「今でもサヨの方が好きだけど、今はどこにいるか分からないしお金もないからね」


「つるはみなしごだから結納金はいらないしな。働いてるなら金もあるだろうし持参金を持ってくるというなら、まぁ可愛がってやるよ」


「今から孫が生まれるのが楽しみだねぇ」


この腹黒い家族の会話を聞き続けることに耐えられず、オレは飯をかきこんでさっさと横になることにした。



つぎの日の朝、朝餉は辞退してオレは太一の家をでることにした。

するとこいつもいっしょに行くという。


旅費はあるのかと聞けば、オレが払えばいいじゃないかと笑うんだ。

何をふざけたことをいいやがる。


手持ちがないと断ったら、つるの居場所だけでもというので『三崎島の玉洗いの港町だ』とだけ伝えた。


どのみち三崎島へ行く道筋も、船や宿に泊まる金もないんだ。

この里から島まで徒歩と船を合せて約二十二里〔88km〕くらい。

しかも徒歩より船に乗っている方が長い。

そして乗船の代金は二度ほど船を乗り換えて一朱銀二枚はかかる。


この場所から出たこともなくて金もない太一がひとりで来れるはずがない。

オレはそのとき、そうたかを括っていた―――――。




里から島へ帰ってきたあとのオレは、オレが愛したサヨの想いが砕け散って、仕事にも身が入らずただ無気力に日々を送っていた。


そんなオレの様子をみて、わりと仲の良い仕事仲間が声をかけてくれた。

そいつにサヨのことについて誰にも言えなかったことを全部吐きだした。


何もかもしゃべりつくしたら自然と涙があふれてきたオレに、そいつは肩を叩きながらこう言ってくれたんだ。


「その女のことをすべて忘れろとは言わないが、昔話の物語にでも出て来た女だと思えばいいんじゃないのか?」


「――物語の?」

「元々お前の中ではそんなもんだったんだろ?」


「……」


オレが創り上げたサヨという少女に恋をしていたと思えばいい。


里にもどってもどこにもいないし痕跡すらなく、里の者たちの会話にしか存在しなかったということは、最初っからこの世にはいなかったからということだ。


だからサヨとの思い出は楽しいことだけを残して、あとは心の奥深くに沈めてしまえばいい。


オレはそう思うことで次第に元気を取り戻していった。



あと、その夕方に仕事の先輩たちが無理やりオレを花街まで連れてきた。

どうやらサヨのことを話したやつが、気を利かせて先輩にしゃべったらしい。


「やりもしなかった女のことを思うより、やれる女のことを想った方がまだマシだぞ」


「左の格子にいるのが上級遊女だ。値が張るからおれらは右のさらに右端にいる女を買うんだよ。おれたちの給金でもひと月に一回は買えるからな」


「どの茶屋(みせ)の並びは同じだからよく見てから買うんだぞ。この花街で贔屓に出来るのはただ一人だけだからな」


オレは遊女を抱く気はなかったが、先輩たちの面子を潰すことはできない。

仕方なく一番端の茶屋の右端の遊女から選ぶことにした。


先輩たちは大きな茶屋の遊女の馴染みらしい、オレは女との秘め事を見知ったやつに知られるのはさすがに勘弁願いたかった。


その茶屋の格子をのぞくと気の強そうな女がふたり、ギロリとこちらを睨んできた。

なんて女たちだと思っていたら、その女たちのうしろにサヨのような独特な雰囲気をもつ女をみつけた。


歳はオレよりちょっとしたくらいの控えめそうで、なおかつサヨに劣らないくらいにキレイな少女だ。


こんなに美しい女が上級遊女じゃないなんて信じられなかった。

この茶屋、いやこの花街の中で誰よりも可憐な女性だとオレは思った。



初めて茶屋の暖簾(のれん)をくぐると、玄関口を挟んで格子から見えていた遊女たちの姿を目の当たりにする。


そして正面の左側に二階へとつづく階段があり、遊女たちが登り下りしていた。

奥は待合所になっているのか、茶をすする男たちが座っている。

そのとなりを茶屋の奉公人たちが、料理や酒を運んだりとせわしなく動き回っていた。


すこし待っていると若い男がオレに駆け寄ってきていいました。


「旦那さんは初めてですか?」

「…そうだ」


「ご贔屓にしたい者はもうお決まりしょうか?」

「―――そこの」


オレがさきほどの女を指さすと、若い男が腰に付けていた小さな帳面と矢立〔携帯用の筆〕を取りだし、さらさらと筆を動かすと彼女に向かって笑顔で言った。


「初音さん、ご贔屓ですよ」


すると初音と呼ばれた女が立ちあがりました。



オレは若い男の案内で遊女たちが登り下りしている階段ではなく、右奥にある階段から二階へと登っていく。

そのうしろを初音ともうひとり若くはないがサヨの母親のような色気のある女性がついてくる。


二階の廊下にでると大広間のふすまを若い男が開き小声でいいました。


「旦那さんこちらへどうぞ」


案内された場所は屏風などで仕切られてはいるが、となりからそれらしき声がダダ漏れのようなところだった。


狭いながらも上等そうな布団が敷かれ、行燈(あんどん)の薄い光が灯っている。

周りの影響からか、オレは緊張して床の上に座って固まってしまった。



若い男が去ると、初音と呼ばれる女とどうしていっしょについてきたのか分からない女があいさつをはじめた。


「わっちは初音と申しんす。(ぬし)さまどうぞよろしくお願いしんす」


「あちきはここの女将でありんす。初音の見守り役をしていんす。のちほど下がりんす。今は気にしないでくんなまし」


どうやら初音は新人のようで、接客に慣れるまで女将がついてるということのようだ。



慣れない同士ろくに話もできないでいると、女将が空気をなごませるために面白い話を聞かせてくれた。

その話を聞きながら、オレと初音は自然にお互い会話ができるようになっていた。


そしてふたりで話に夢中になって、女将がいなくなっていたのに気付いたのはしばらく経ってからだった。


余りにも話に夢中になっていた事が気恥ずかしく視線を逸らすと、初音が不思議そうに見つめている。


その瞳に吸いこまれそうになると、おもわずオレは初音を抱き寄せていた。


抱きしめた女の匂いに自然と体は動きだし、この日オレははじめて女と情を交わした。

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