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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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番外編:三郎は今・前編

もう二年以上も離れていた里へ一度もどる決心がついたのは、幼なじみだったつるから拒絶されたことが切っ掛けだった。



あの大人しくて優しかったサヨが、今どうしているか分からないこの状況に心を押し潰す。


『三郎さんさえ良ければ、わたしをお嫁さんにしてくれますか?』


――そう言われたのが、奉公に出る日の前だった。




サヨと出会ったのは今から約三年前のこと、つるの父親が再婚し、サヨは母親の嫁ぎ先であるこの里へとやってきた。


お調子者のつるとは違い、サヨは人見知りで大人しい性格だった。

その容姿は、天女が地上に降りてきたと言われてもおかしくないくらいに美しかった―――。



オレは一目見たときから”コイツしかいない”と思えるくらいの衝撃とともに恋に落ちた。


サヨたち親子がこの里にやって来て、みんなが明るくなっていった。


サヨの母親もサヨ同様に美しく気品のある女性だが、気立ても良く男衆だけじゃなく、女衆とも徐々に仲良くなり、オレのかあちゃんとは特に親しくなっていたと思う。


話上手な母親と違い、サヨは人前に出るとよくモジモジしていて可愛らしいかった。



サヨは特別親しい友人もなく、出会うときはいつもひとりだった。


最初はつるがかまっていたようだが、いつの間にかにひとりにされていた。

オレはそれが可哀想で、たまに裏の人気のない神社誘ってふたりで話をしていたんだ。


そのときに義姉のつるから継母の連れ子ということで、つらい仕打ちを受けていると聞く。

だからオレがつるに一言いってやるとサヨに伝えたら、泣きそうな顔をしてこういったんだ。


『お願い。このことはつるさんや他の人には言わないで、こんなことが知れ渡ったらお母さんといっしょにお家から追い出されちゃう……』


その言葉を聞いてオレは口を閉ざした。



このことは、つるや他のやつらにはいわない。

オレとサヨだけの秘密にすると―――。



サヨがオレといっしょにいるときだけでも笑顔になってくれたら、…それだけで十分だった。



そういうこともあって、つるとは距離を置くことにした。

オレの大切なサヨに酷いことをするヤツは敵だとも思っていた。


太一もつるといっしょに行動することがなくなってるなと気づいてはいたが、そんなことはどうでもよかった。


何となく他の男友達とも疎遠になっていったが、サヨさえいれば他には誰もいらない。

そう思えるくらいに彼女の(とりこ)になっていった……。




それから半年ほど経ち、オレもそろそろ家を出るときがやってきた。


三男坊だったオレは先祖代々の田畑を受け継ぐことはできず、外へ出ていかなければならなかった。

そのことはもう幼いころから耳にタコができるくらい親から聞かされたことである。


長男の太郎にぃにはすでに嫁さんがいて、次郎にぃは家の手伝いで残ることになっていた。


なにせ、うちには寝たきりのじいちゃんがいるので、かあちゃんや太郎にぃの嫁さんが面倒をみるしかない。


その上その嫁さんに赤ん坊ができたらしく、次郎にぃに出ていかれると畑仕事が回らなくなるということだった。



そして奉公に出る前にいつも会う神社でサヨを嫁にする約束をした―――。




あれからずっとサヨのことだけ考え、浜仲仕の仕事を覚えて彼女と暮らすために金を貯めていた。


周りの浜仲仕たちは茶屋の遊女と遊んでいたが、そんな商売女にはなんの魅力も感じず、寧ろそんなことに大金を払うやつらを軽蔑していた。



それから月日が流れ、港で船から荷を下ろす作業をしていたときに偶然つると出会った。


向こうから話しかけてきたので(わずら)わしいが話を聞いてみると、里をでて今は遊女をやっているという。

しかも船で男の相手をする沖の遊女だというのだ。


そして父親が死んだということも聞く。

それ以外のことははぐらかすだけで何も言わなかった。


サヨのことも太一のことも……。



おかしいとは思った。


つるは一応太一の嫁になることは知っていたから、どうして遊女に身を落としているのか意味が分からない。


それに父親が死んだからといって、サヨたち親子を置いてこんな遠くにひとりでなんて自分勝手すぎると思った。


だからそんなつるにオレは腹を立て、それ以降は話しかけてもろくに相手もしなかったんだ。



しかしつると会ってから不安な気持ちになってきた。


サヨは今、どうしてるんだと―――。


そんな心境で日々をすごしていたときに、とうちゃんからの文がオレのもとに届いたのだった。




久しぶりの実家は以前のような騒がしさはなく、じいちゃんが部屋の隅でぜろぜろと(たん)のつまったような息をしている音だけが聞こえてきた。


田んぼの方へ行ってみると、とうちゃんと太郎にぃが暗い眼差しで農作業をしていたのだ。

そしてオレがあぜ道にいると気づいたふたりは、うれしそうな顔をして走り寄ってきた。


「三郎じゃねぇか、やっと帰ってきたな、こんの親不孝者め。もっとはように帰ってこいや」


「これで多少は楽になるなあ親父。おれらふたりだけじゃ田んぼだけで精一杯だったんだぞ」


「なあ、かあちゃんと嫁さんはどうしたんだよ?」


喜ぶふたりにオレは気になっていたことを問いただした。

するとふたりは(そろ)ってばつの悪そうな顔をする。


「かかあも太郎の嫁も、じいさんの世話をほっぽり出して家から出てったわ」

「本当に情も涙もないやつらだ」


「…太郎にぃ、子供は?嫁さんが里に連れてったのか?」


「お前が家をでたあとで、赤ん坊は流れたよ……」


ふたりの態度と言葉に、オレは息を飲む。


まるでつるが言っていたことが正しかったという事実がオレの体にのしかかる。



そして最後に太郎にぃに、口元を震わせながら質問をした。


「あんな、太郎にぃ。…サヨを知らないか?」


それだけいうと、太郎にぃは真っ青な顔をする。

となりのとうちゃんまでもが目を見開いてオレの顔をみるのだ。


「……あの女たちはな。里中の男たちを手玉に取って、銭や金目のものを巻き上げてどこかへ行ったよ」


「あの女狐どもめ、優しくしてやりゃあつけあがりやがって」


とうちゃんが地団駄を踏む姿を目の当たりにし、ますますオレの頭は混乱する。


「かあちゃんと嫁さん。それで出ていったのかよ」


「ちょっと別の女を摘まんでみたかっただけだ。それにあの娘、美人だったしよぉ…」

「ババアなんぞ今さら抱けるか。じいさんの世話があったから今まで離縁しなかっただけじゃ」


そんな愚痴を聞いてオレは酷く失望した。

とうちゃんと太郎にぃにではなく、オレ自身にだ。



このふたりの姿はかつてのオレだ。


一番親しいはずの幼なじみを、小ばかにした態度で接していたから縁を切られた。


改めて今、そのことに気づいたんだ。



だからかあちゃんと嫁さんも、つる同様にもう二度とこの家にもどることないだろう―――。

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