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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第一章:沖の遊女の一日
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風待ちの港・汐待の港

お千代たちが住んでいるおなごやの海岸に面した通りには、船宿、土産屋、飯屋、雑貨屋、他にも色々な店が軒を連ねていました。


裏通りにも居酒屋、湯屋、髪結など、さまざまな店がひしめき合っています。

この辺は活気があり、どこのお店も繁盛していました。


港町の住人だけではなく、船客もたくさん本土などからやってきます。

旅人を運ぶ定期船も頻繁に入港してくるからです。


それに内海ではどこの港も、『風待ち・(しお)待ち』という海のごきげん次第で船が出航できず、島や沖に船も人も数日留まることも当たり前。

ひそかに立ち往生してる船の人たちをカモにして港町に金が回ってる…、といううわさもあるくらいです。


(私たちが日々、お茶を()〔客なし〕ことなく稼げるのは、こういう内海ならではってやつだよね)



お千代がゆるゆる歩いてますと、顔馴染みの乾物屋の女将さんから声をかけられました。


「若いべっぴんさん、仕事は|上手くいっとる?」

「まだまだ未熟ですが、がんばってま~す」

「今日も元気がええねぇ。ほら、これ持っていきな。ほかのべっぴんさんらにも渡しとくれ」


そう言って女将さんは、煮干しの入った巾着袋を手渡してくれました。


お千代はそれを大事に懐へ入れ


「乾物屋のおばちゃん、いつもありがとー」

と笑顔で女将さんにお礼をします。


「ええけぇ。この港は船が来てくれんと、すぐに日干しになっちまうけぇねぇ。べっぴんさんらが助平な男らをがっちり捕まえてくれとるから、こっちも商売が潤ってるのさ。持ちつ持たれつだよ。はっはっはっ」



ここは内海に数ある中の小さな三崎島(みさきじま)

沖乗り船との交易で栄えてる玉洗(たまあら)いの港町。

島の住人の多くは、船との商売でご飯を食べています。


港町の人たちが遊女を『べっぴんさん』と呼ぶのは、同じ船相手の商売をしている仲間という親しみを込めた呼び名らしい…。


乾物屋の女将さんとしばらくお話をしたあと、お千代は問屋の店が立ち並ぶ区域に足を運ばせました。



(私が目的もなく町中をぶらぶら歩いていても、港町の人たちからよく声をかけられます)


(そして他愛のないことを話したり、滑稽(こっけい)な話で笑いあったり……)



お千代はこの港町が好きです。

みんなとても親切にしてくれます。

春をひさいでる遊女でも、受け入れてくれる場所――。



(借金さえなければ、この生活ももっと楽しいのにね…)


ちょっと苦しい事情がありましても、住めば都。


(生きてる限り、人生楽しまなくっちゃー)



そんなことをお千代が思っているうちに、米問屋の【大黒屋】に到着しました。


この辺は問屋が多く、あちこちに大きな蔵が建っています。

交易品に合わせた蔵が多く、蔵の作りがそれぞれ違っているのが面白い。

とはいっても、この辺は商売人のガチな戦場だから、部外者はあまり長居はできません。


お千代は大黒屋の裏手にある蔵に、コソコソと忍び寄りました。


ちょうど船からの荷卸しが終わったようで、浜仲仕(はまなかし)〔港などで荷物を運ぶ労働者〕たちが一服している様子がうかがえます。

蔵の前にはガタイのいい男たちが座り込んでいました。



お千代がきょろきょろしながら辺りを見回すと、見知った浜仲仕を発見しました。


「おーい、さっちゃーん…」


相手に届くか、届かないかくらいの大きさで声をかけてみます。


すると近くの男たち全員がこちらを向きました。

お千代はちょっとその光景にびっくりしてしまいます。


(ははは…。みんな体の大きな人たちばかりだね)


すると男たちの中でひとり、嫌そうな顔をした背が高くほどよい肉付きをした男が、周りに冷やかされながらやってきました。


「つる、…か。また何のようだよ」

「さっちゃんの顔が見たくなっちゃって…。きちゃった♡」

「もうガキじゃねえんだから、あだ名で呼ぶな。それに、来なくていいよ…」

「でも三郎、同じ里の幼なじみなんだよ?この島で見知ってるの、三郎しかいないんだもん」

「…はぁ。お前もう遊女なんだろ?オレにところに気安くくんなよ」


三郎はお千代と同じ本土の里の出身で、ふたつ上の幼なじみ。

数年前に奉公に出てからずっと会っていませんでした。


(この島に来て出会ったときは本当にうれしくて、うれしくて……)


知らない場所で知ってる人と出会うと、なんだか安心します。



”つる”はお千代が遊女になる前の名前でした。

”お千代”は楼主が遊女として生きるために名付けられました。


(だからさっちゃんにつるって呼ばれるのは懐かしくて心地いいんだよね~)



「さっちゃんはお仕事にはもう慣れましたか?私はねー、まだ慣れてないんだよ。今日も寝坊しちゃったし…」

「つるは本当に昔っから人の話を聞かねえよなぁ。オレはお前のグチなんか聞きたかねぇよ」

「ブーブー、グチじゃないよ。私はさっちゃんとお話がしたいだけだよ」

「オレはしたかねぇ。…もう仕事だから、お前は帰れよ」


これ以上はお千代といたくない、と意思表示するようにひらひらと手を振ると、三郎は仲間の浜仲仕たちの元へ戻っていきました。



港町で再会してからというもの、三郎はなぜかお千代に対して冷たくなっていました。


(昔はもっと気のいい友達だったのに……)


お千代はブツブツ文句をいいながら、港町の奥中央に位置する花街へと歩いてくのでした。

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