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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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鉢かづきを読むが…

お千代はおなごやに戻ると、足を簡単に洗って居間にあがり、小引き出しに突っ込んでいた草紙を手に取ると黙々と読み進めます。

でも、どうしても理不尽な目に合う鉢かづきを自分に重ね合わせ、しだいに読む速さが遅くなってきました。


(私の傷を知っていて、本当にあの人は手加減しないよね。そこまでして遊女を買いたくない理由って親御さんのことだけなんだろうか―――?)


きつい物言いはするけど、妙なところで優しかったりするし、…つかみどころがない人だなぁ。


そういえば今日は湯屋帰りで福屋の餅菓子を買っていた。

船宿でお風呂が入れるはずなのに、……あー、前に岡さんたちがお風呂の世話をしてたって聞いたなぁ。

遊女の世話になるくらいなら、湯屋に行った方がマシってことか。


(つた屋さんのねぎらいの気持ちも、あっさりと投げ捨てるんだ…)


これはほかの水主さんたちともギスギスしてるんだろうね。

船の仕事は協調性が必要なんだぞ。

旦那さんたちの受け売りだけど……。


などと考えているうちに時間だけが流れていく。


(はっ、物語の続きを読まないと!)


最後までキッチリ読まないと、今日の収入は二日(ふつか)連続で一銭もないという結果に……。

心を無にして、気持ちを落ち着かせて読まないと―――。



鉢かづきは継母や実父にうとまれ、自分から家を出ていく。

それから世をはかなんで川に身投げするが、鉢が浮かんで死ぬこともできず、人里にいけば鉢を被った奇妙な姿から化け物扱いされ、そして面白がった貴族が自分の屋敷の湯殿(ゆどの)〔風呂場〕の係として雇います。


(観音さまのお告げとはいえ、娘に鉢を被せるってどうなんだろ?しかもみんなからいじめられてバカにされて、…読んでる私までも悲しくなるよ)


そして鉢かづきはその屋敷の主人の四男と恋に落ちました。


(手がキレイだから好きになる男の人もいるんだねぇ)


しかし父親も母親も下女で鉢を被ってる女は認めない。

ほかの兄弟たちの美しい妻たちと鉢かづきを見合わせようと企みます。

鉢かづきは四男に自分のことを恥をかくことを良しとせず、屋敷から出ていこうとしました。


(ふたりの仲を裂こうと意地悪をする親たち。読めば読むほどつらいことばかりで心が疲れる……)


はふ~っとお千代が深くため息をつくと、たまに読み方を教えていた松野が気だるそうに首をコキコキと鳴らします。


「お千代、あたしらはこれから湯屋に行くけど、本当に今日は舟に乗るのかい?」

「はい。この物語を読んだら何もしなくていいという旦那さんがいますから!」

「銭は払うが何もしないって、男は口じゃ何とでもいうもんだよ」


あきれ声の松野に続き、高尾もナイナイといった感じに手を顔の前で振りながら言います。


「お千代はちょっと素直すぎだよ。それ担がれてるだけだと思うぞ?」

「それはないですよ。今までもなかったし…」


ぐっと息を飲んでそう答える後ろから、志乃が肩に手を触れます。


「殿方は豹変するものですわ。お気をつけなさい」

「え、そんなことってあるの?」

「フフフッ。殿方はね、欲望のしもべですのよ。甘くみてはダメ♡」


志乃はお千代に引っ付いて耳元でそうささやきました。

するとお千代の足元から頭にかけてムズムズっとくる震えが走ります。


すこし青ざめた顔をしていると、松野がお千代から志乃を引き剥がしました。


「舟に乗るなら乗るでそれでもういいよ。いい加減ふたりとも湯屋に行く用意しな」

さっさと動きなさいといわんばかりに背中を押します。


(…とりあえず、湯屋から帰って続き読もう)


お千代は草紙を棚にもどして、松野にせかされながら湯屋に向かうのでした。




日暮れに近づいた桟橋にポツリとたたずむお千代。

沖の遊女を乗せた舟はとうに何艘も出払っています。


弁蔵はつた屋の主人と何やら話をしているようですが、主人のほうがイラ立ちを募らせているようでした。


それもそのはず、今日は馴染みの船がきているというのに、萩屋の舟は桟橋に繋がれたままなのです。


舟のなかから顔をのぞかせた高尾が、待ちくたびれてふてくさっています。


「たくっ、若高屋の連中もウザイよなぁ。うちがいって蹴散らしてやろうか」

「それでは松野姐さんがひとりで耐えてる意味がなくなるでしょう。野蛮なサルは大人しくしてなさいな」

「ちっ、わーったよ」


舟のなかから志乃がいさめると、高尾は不機嫌そうに返事をしました。


ことの始まりは若高屋の遊女が萩屋の客を寝取ったことだが、けさの騒動のおりに松風一派が寝取った遊女にひどい仕打ちをしたことに対するあちらの沖の遊女たちの抗議を松野がひとりで聞いている状態なのだ。


(これ以上、騒ぎを大きくさせたくないから来るなって、…松野姐さん)


帰ってこない松野の身を案じていましたが、岸から弁蔵が『こっちに来い』と手招きするので行ってみると、つた屋の仕出しを舟に運べと指示されます。


「もう話し合いは終わったんですか?」

「いや、沖の客人を待たせるわけにはいかんのでな」

「……そう、ですか」

「舟にいるふたりも呼んでこい」

「はい」


お千代は気をおとしながら舟に行き、姐たちを呼んで仕出しを舟に積み込みます。

ふたりも何かを察したように文句をいう言葉もなく、無言で作業を行っているようでした。


弁蔵が桟橋から舟を離そうとしていたとき、岸から桟橋へと降りてくる松野がみえました。


「ちょいと、あたしも乗せとくれよ」


そう叫ぶと着物の裾をめくり上げて走ってきます。

舟の近くまでくると弁蔵が松野を抱きよせて、ひょいと舟へと下ろすのでした。


「はあ…。参った、参ったねぇ――。遅くなって悪かったよ」

「ん」


それだけいうと松野はさっさと舟のなかへ入って行きます。

弁蔵は何事もなかったかのように左手で櫓杆(ろづく)をにぎりしめ、右手で櫓腕(ろうで)の先を持つと、ゆっくりと沖へむけて櫓を漕ぐのでした。

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