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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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絆をつないで、断ち切って

「断る!」


寅吉は眉一つ動かさずにあっさりと断る。

ハッとお千代は大きく目を見開くと、彼になんで、なんでと(すが)りつきました。


「ちゃんと私の口から言ったのに!なんで、どうして!?」

「聞くとは言ったが同意するとまでは言ってない。遊女の願いなんざ十中八九、客引きくらいしかないだろ?」

「分かってるんだったら同意してよ!」

「だまれ、なんで抱かない女のために身銭を切らなきゃならん」

「知ってるからお願いしてるんじゃないですかぁ。ねぇ旦那さん」

「そのセリフはやめろ!」


寅吉が乱暴に縋るお千代は払いのけると、彼女は雁木のかどに背中を打ちつけ、身を丸めて痛みで震えだしました。


「ちょっと背中を打ったくらいで大げさなんだよ」

悪びれもせず寅吉がお千代を抱き起こしましたが、彼女は脂汗をかきながら何かに耐えるように歯をくいしばっています。


このただならぬ様相に寅吉は焦りを感じ、医師を呼びに行こうかと立ちあがると、お千代は口を開けてはあはあと息をしながら彼を引き留めました。


「だい…じょうぶ。だから、座って――」

「だが、お前……」


ワケも分からぬまま寅吉が腰をおろすと、お千代は息を整えながら汗だくで微笑みました。


「…背中に打ち身のケガがあって、そこに当たっただけなんだ。でも、すごく痛かったの……。この意味わかるよね?寅吉さん」


「ぐっ―――。これは俺がしでかしたことだから、不本意ながら今日はお前を買ってやる。が、身体の故障を隠してたのが気に食わん。よって買値はそれ相応の金額にしてもらおうか」


「……うっ、そこは男のなんちゃらで、こらえてもらえませんか?」

「仕事ができるような身体じゃないんだろ。客に何もしないで銭だけ巻きあげようというのか?」


寅吉の的確な言葉の攻撃にお千代はなすすべもありません。

彼女は苦々しい顔をしながら、この鉄壁の防御を崩すために頭のなかで試行錯誤をくり返します。


そして寅吉の手をにぎると、お千代は真剣な顔つきでいいました。


「身体全体を使うことはできませんが、手と口でなら奉仕ができます。…苦手ですが、なにとぞそれで勘弁してください」


はじめは何事かと思った寅吉だが、お千代の言葉を飲みこんでいくうちに意味を理解すると、顔を真っ赤にして怒鳴りつけました。


「そういうことも含めて俺は遊女の相手はしないんだ!それに女が平然とそんなことを口にするな!」

「――だって、私…、ほかに何もできないし……」

とつぶやきながら怒られてしょげるお千代の態度に、寅吉はあきれてため息をつく。


「…お前、身体以外のウリはないのか?」

「ウリはないけど、読み書きの手習いをはじめました。だから借金が増えて困ってるんですよぉ」

「―――そうか。じゃあ手習いはどれくらいの成果がだせてるんだ」

「かな文字の短い昔話がだいぶよめるようになった、…くらい?」

「今は何を読んでいる」

「鉢かづきです」

「それ、全部読めるのか?」

「途中で読めなくなりました……」


その言葉にピンときた寅吉は、さながらあくどい商人のような顔つきでこういいました。


「その話をすべて読んでこい。人から物語の内容を聞くのは厳禁だ。それができたらお前の希望する金額をつんでやる。――どうだ?」


読み進められない理由を知りながら、それを条件にするなんて!

寅吉さんはエグイ人だ―――。


お千代の心はゆらいだが、ここで勝負を受けなければこの先また彼が客になることはないだろうと考えた。


そして、

「わかりました。その話、お受けします!」

と高らかに宣言する。


ほほうと言いたげな面構えをして寅吉は立ちあがりました。


「商談は成立だ。まあ、健闘を祈ってやる」

それだけいうとお千代を置いて雁木を登ると、船宿がある港方面へと去っていきました。


「絶対に全部読んでみせるから!」


お千代はそう言い返して、ふつふつとこの勝負に闘志を燃やしていると、ふたりのやり取りを見ていたであろう三郎が彼女のそばにやってきました。


「つる。お前、あんなのと付き合ってるのか?」

「あの人は今夜の客だよ」

「――オレと年も変わらないやつでも、女を買うのか……」


三郎が何やら考え込んでいると、お千代は気に留めることもなく腰をあげました。


「それじゃあ私、帰るから」

「ひとつ教えてくれ。お前はもう太一のこと好きじゃないのか」


とっさに放った三郎の言葉に、お千代はからだをこわばらせます。

しばらく無言になっていたが、ふところに手をしのばせ財布につけた鈴をにぎると静かに息を吸い込み言いました。


「元から好きでもなんでもなかったんだよ、私たち。サヨがいてもいなくても、ただの幼なじみでしかなかったんだ。――ただ、それだけ」

「…オレにはそうは見えなかった。ふたり仲良かったじゃないか」

「仲が良いというだけなら、私はだれにでも同じような感覚で仲良くするよ。……でも、恋ってそういうもんじゃないよね。さっちゃんも知ってるでしょ?」


お千代が冷静な面持ちで三郎に問いかける。

「恋じゃなくても、そんなに簡単に割り切れるもんなのか。生まれたときからずっといっしょだっただろ?」


それでも彼は幼馴染という(わく)にとらわれているようでした。

お千代はその言葉にイラつきを覚えます。


「その生まれたときからずっといっしょだった幼馴染より、 馴染みの薄いサヨを選んだのが太一とあんただ!いつまでそんな綺麗ごとで私を(しば)ろうとするの?」

「―――そんなつもりはなかったんだ!」


三郎が両手でお千代の肩をつかんでそう訴える。

そんな彼に見つめられても、白々しさしか感じない。


(ああ、気づいてしまった……)


お千代は両目をつぶって空を仰ぐ。


(ここへ来たとき三郎に会えてうれしかったのは、こういうことなんだろうな)


――私も幼馴染という枠で彼を見ていたんだ。


そこには、ただ()()()()()()()()しかない。

その仲間意識から抜けだせば、これほどまでにどうでもいい人扱いできるのか。

人の心は怖いものだなとつくづく思う。


お千代は三郎を正面に見据えて言いました。


「私はもう、幼馴染という過去はいらない。…身勝手なことだとは思うけど、それを分かってほしい」

「つるは本当にそれでいいのか?」

「うん。ごめんね」

「……そうか」


三郎はお千代を拘束していた手を離します。

お千代は何とも言えない微妙な笑顔をして、三郎のそばを離れてました。


そしてつながりを切り離したふたりは、それぞれの帰るべき場所へと歩みはじめるのでした。

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