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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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突然の来訪者?

「まったく、こっちだって体が商売道具だってのに、こんなに痛めつけることもないだろうさ…」


松野はお千代の背中に塗り薬をつけながらブツブツと文句を言っています。

岡の姐遊女に物差しで叩かれた背中は、蚯蚓腫(みみずば)れになり広範囲に何本ものすじができていました。


「そのケガでは満足に仕事もできませんでしょう?今日もお休みですわねぇ」


「いや、絶対舟に乗ります!」


「お千代、無理すんなってぇ、その背中見たら旦那もドン引きだよ」


「…うううっ」


(たしかに、こんな背中だと()()()された(あと)みたいで、つぎからご指名がもらえなくなるかも―――)



沖の遊女は馴染みがいても毎回金銭交渉で客を決めるので、馴染み客が別の遊女を指名することもある。

といっても指名できるのは同じ茶屋(みせ)の遊女に限ってのみで、他の茶屋の遊女を指名することはできないのだ。


馴染み至上主義の岡の遊女と違い、沖の遊女は指名をもらうために貢いだり、客の着物を洗濯したりするのです。


そんな風に嫁のように尽くすから、沖の遊女の客はほかの遊女に目移りすることが少ない。


寧ろ『好きな遊女がいるから、この港へ来るんだ』という沖乗りの船も多いのだ。

それこそが港町の住人が『べっぴんさん』といって遊女をもてはやす原因でもあります。



「とにかく、今日一日は安静にしてるんだよ」


と松野に釘をさされ、お千代はしぶしぶと居間の片隅で草紙を読むことにしました。


(まだ文字を読むのは曖昧だけど、夕霧姐さんからもらった草紙だし早く読まないと……)


お千代は草紙を開くと、たどたどしい発音で声に出しながら物語を読んでいく――。


『鉢かづき』


母親が死んだあと父親がのち添えをもらい、その継母にいじめられて、さらに新しい子供が生まれたら父親も鉢かづきをいじめる―――という展開に入ると、お千代はパタリと草紙を閉じて長いため息をつきました。


草紙を読みはじめて四半刻も経たないうちに本を閉じたお千代に、松野は励ますように声をかけてきました。


「それ、鉢かづきが可哀想だけど最後は幸せになるんだよ」


「…松野姐さん、オチは言わないでくださいよぉ」


お千代は、んもーっと松野にたいして八つ当たりのように怒ります。

しかしどうしても物語の続きを読むことができないのです。


(自分と鉢かづきがかぶって、すごく胸が苦しい……)


心のざわめきをかき消すかのように草紙を小引き出しに突っ込むと、居間でくつろぐ姐遊女たちを尻目にお千代は表へとでかけるのでした。



昨日の天気がウソのように、今日は雲一つない青空が広がっています。


波は穏やかで今はちょうど満潮くらいの海面の高さ、沖にはいつものようにたくさんの船が停泊し、商人たちの舟も昨日の稼ぎを取り返そうと頑張っているようでした。


船宿の前の通りを歩きながら、飯屋から風に流されてくるおいしそうな匂いを嗅ぐと、お千代は少々小腹がすいたことに気づき、自分を慰めるために『今日も福屋のあんこ餅を食べよう!』と勇んで店まで走って行きました。



福屋につくと先に先客がいたようで、店の主人が客の男の人と話をしていました。


「親父さん、この餅を五つくれ」

「あいよ、ちぃと待っとけ」


男は湯屋に寄ってきてたのか、首には手拭いを引っ掛け、体からは湯気を放ち、やや汗ばんでいる様子です。

そして男が竹皮の包みを受け取ると、ちょうどお千代と目が合いました。


「――寅吉さん?」


お千代がそうつぶやくと、寅吉は人違いですといわんばかりに無言で立ち去ろうとする。

あわててお千代が寅吉の袖をつかんで離さない。


「…離せよ」

「じゃあ逃げないでください」


「俺はお前に用はない。だから離せ!」

「いやです。離しません!」


「なんでだよ!」

「私もあんこ餅買うから、ちょっと待っててください!」


お千代の必死な訴えに気圧(けお)されて、寅吉はうんざりしたような顔をする。


「――わかった。ここにいるから離せ…」


「絶対ですよ!―――おじちゃん、あんこ餅四つ」


「おう。べっぴんさん、男捕まえんのが上手じゃなあ。はははははっ」


福屋の主人はふたりのやり取りに爆笑していたが、寅吉は居たたまれない様子でお千代を(にら)みつけていますが、お千代はそれを見ないフリして流しました。


それからお千代が餅が入った包みを主人から渡されると、寅吉を港まで引っ張ってきました。



浜仲仕(はまなかし)たちが船から荷を下ろしている様子をみながらお千代は雁木に腰掛けると、よこに座ってと指図するように地面を手でぱんぱんと叩きます。

それに対して寅吉は、ひどく嫌そうな顔をして渋々と座りました。


お千代はひざの上の竹皮の包みをといて餅をひとつつまむと、はぐはぐと食べだしました。

そしておいしそうにごくりと飲みこむと、目をつぶって両手両足をバタバタさせて言いいます。


「うんまい!」


その様子にやや引き気味な寅吉も自分で買った餅を食べはじめました。


「…やっぱり、うまいな」


寅吉がぼそりとつぶやくと。


「でしょー、でしょー!福屋の餅菓子は日ノ本一なのよ!」


とお千代が鼻高々でいいました。



早々と食べ終わった寅吉が、となりで餅を食べつつご満悦なお千代に向かって話を切り出した。


「―――で、俺に何を頼みたいんだ?」


そのひと言でお千代の顔が天国から地獄へ落ちるように真っ青になる。

彼女が目を泳がせ、唇を震わせながら笑ってごまかそうとすると鋭い視線で睨みます。


「だいたいの予想はつくが、お前の口からちゃんと聞きたい」


「いや、その、あのですね。…先日のこともありますし、お礼をしないといけないかな、なんて思いまして……」


「俺はもう気にしてないから、さっさと本題に入れ」


他愛のない会話すらも拒否され、追い詰められたお千代が顔をこわばらせて、――でもへらへらと笑いながら答える。


「あのぉ…、今晩はこちらで停泊のご予定ですか?」


「まあな。この港に来るのは船頭(せんどう)が馴染みの遊女に会いに来てるようなもんだからな」


寅吉は呆れた声でそう吐き捨てる。

するとお千代は目を輝かせて言いました。


「じゃあ、今夜は私を買ってくれませんか?」

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