人が忘れないこと
その夜、旦那さんとの会話の中で、昼に起きた船の沈没について私の知らないことを耳にしました。
なんでも上方の焚場〔船の整備所〕で船の整備を頼んだそうだが、受け持った船大工らの見落としがあったらしい。
そして出航して島々の間を行き交う中で、運悪く表司が航路を見誤り、船の上からは見えない船底近くの根棚〔船底の外板〕のすき間に差し込んであった槙皮〔柔らかくした樹皮〕が、海中の岩にすり削られて一部を持っていかれたそうだ。
整備の甘さから槙皮の押し込みが緩かったようで、じわじわとそこから海水が船の中へに入り込んできて、荷を捨てながらなんとかこの島まで来たんだとか…。
船底の水を吸いだす”すっぽん”と呼ばれる道具もあるのだか、それを使っても間に合わなかったようだ。
「そういうことは稀だがな、海の上で海水が海の中へ入ってくると、みな生きた心地がしないぞ。それに波にのまれて海の中の岩にぶつかることもあるしなぁ…」
「季節によっては嵐に遭うことも珍しくないって聞きます。そんなときには船の中で水主のみなさんはどうしてるんですか?」
「…嵐か、港が近ければそこへ非難する。なければそのままだな。もし船がやばいと感じたら荷を海に投げ捨てて船を軽くする。それでもダメなら帆柱を切り落とす。そして最後はやっぱり神頼みだなぁ……」
旦那さんは遠くを見るような目でそういいました。
ことを終えたあとで、床の中でお互い横たわり話をすることは珍しくない。
その日の出来事やうわさ話など、会話をするのが好きな旦那さんと遅くまで話し込むこともあります。
お千代は水主の旦那さんから、ほかの港のことや名物のものの話を聞くことは多いが、こういう苦しい体験談を聞くことはあまりありませんでした。
命を削るような出来事を、抱いたあとの遊女に聞かせるようなことじゃないのかもしれません。
「そんなに危険なお仕事を辞めようと思ったことはありませんか?」
「この仕事は給金がいいからな。それに港に着けばこうして女も抱ける。危険なのも大変なのも船の仕事だけじゃないしなぁ」
「他にもそんなお仕事がたくさんあるのですか!?」
「そりゃそうさ、どんな仕事も命がけよ。だからこそ大金が手に入ってくるんだ。嬢ちゃんの仕事もそうだろ?」
「――そう、ですね」
どんな仕事でも大変でつらいこともあるけど、楽しいことやうれしいこともあるから”頑張れる”ということなんだろうとお千代は思う。
(自分だけがつらいなんて考えてるうちは、本当に楽しいことなんてみつからないんだ)
黙って考え込んでいるお千代に、男はこうも言った。
「どうして今日沈んだ船が、水没しかかりながらもこの港までやってきたか分かるか?」
「…どうしてでしょう」
「ここの港なら、沈没しかかっても港の住人が助けてくれるからな。それに小舟の数も多いし、本土への行き交う船も頻繁にくるからだ。廻船問屋が残った荷物を買い取ってくれたり、蔵を貸してくれるところもあるだろう。商人は転んでもタダでは起きないからな」
「そこまで考えてるなんて、一歩間違えれば命だってあぶないのに……」
「人はどん欲だからね。無駄に命をかけたがるヤツもいるのさ」
ははははっと男は笑う。
その雰囲気はどことなく松野に似ていた。
(この旦那さんも色々なものを見て、経験してきたんだ――)
だからお千代は旦那さんに寄り添います。
「商人さんはそれでよくても、旦那さんはマネしちゃだめですよ。旦那さんに会えなくなるのはイヤですから」
「当り前さ、こんなにも優しい嬢ちゃんを泣かせるようなマネはしないぜ」
「そうですよぉ」
そういってお千代が旦那さんに抱きついた。
こんな日は誰かの体温を感じながら眠りたい。
今日あった嫌なことを全部忘れるくらいの心地よさが欲しい。
そうしたら私はまた明日からがんばれる気がする。
今はまだ、人に甘えてもいいじゃないか。
私は強くはないんだから―――。
船が沈むのを初めてみた衝撃、松野の過去、サヨを想う三郎のこと。
(どうして人は、うれしいことよりつらいことを思い出したりするんだろう)
――そしてうれしいことをは忘れ、つらいことだけは忘れないのだろう。
人はどうして……。
お千代は暗い海の底へ落ちゆくように、冷たい心の中でそう自分に問うのだった。
薄ぼやけた記憶の片隅で少年がふたり、お千代の前に立っていた。
ひとりはひねくれ者の三郎。
もうひとりはいつも優しい太一。
私はそれぞれを『さっちゃん』『いっちゃん』と呼び、家が近いことからよく遊んでいた。
里にはほかにも歳の近い子供はいたが、少人数で遊ぶときはいつもこの三人だった。
三郎には兄がふたりいて継ぐものもないから、大きくなったら里をでることが子供のころから決まっていた。
太一は一人っ子だったので、里で親のあとを継ぐのが当たり前だという。
親同士の話し合いもあり、物心つくころにはすでに太一のもとに嫁ぐことになっていて、そんなものかと何も疑問に思わなかった…。
親が決めてその通りにすれば怒られることもない、寧ろいい子だと褒められる。
私はそれが正しくて、それ以外の道を考えることも思いつかない愚かな子供だった。
おばあちゃんが死んで父親が再婚し、義妹ができた。
その子は今まで見たこともないような可愛らしい少女で、名をサヨといった。
幼なじみのふたりとは、年を重ねるにつれいっしょに遊ぶことはなくなっていたが、お互い会って話をするくらいのことはふだんからしていたと思う。
その中にサヨが加わるようになり、次第に太一と顔を合わせる機会がなくなっていった――。
三郎も奉公へ働きに出て行ったっきりになり、私はひとりになり多少はさびしくもあったが特に強く感情を動かされるようなこともなかった。
どうしてかというと、無条件に人を信じすぎていたからだと思う。
人から言われたことは、すべて正しいことなんだと疑う心も持ち合わせていない。
自分で考えることもしない。
ただいい子であるように生きてきた。
そんな愚鈍でどうしようもなかった私は、何もかも失って初めて気づいたのだ。
この世で一番怖いものは、人だということを―――――。




