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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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昔のままではいられない

「へえ、港の方が騒がしかったのはそんなことがあったんだねぇ」

「それで弁蔵さんがお金持ってた船頭さんだったから、その人を助けたんじゃないのかって思っちゃって……」


湯屋の湯船に浸かりながら、お千代は姐遊女たちに沖で沈んでいった船のことなどを話しました。

すると松野は手を振りながら笑顔で言います。


「弁蔵にかぎってそんなことはないねぇ。そんなに頭の回る男だったら舟押しなんかやってないよ。――見たまんま、不器用なだけのやつさ」


「…そうなのかなぁ」


まだ釈然(しゃくぜん)としないお千代は湯船に顔をしずめました。

そんな様子の妹分をみながら高尾がにんまりとした顔つきをします。


「松野姐はえらく弁蔵を買ってるねぇ。ふたりはそういう間柄なのかい?」

「ただ付き合いが長いだけだよ、まったくヘンなところで茶化さないでおくれ」


肩に手でお湯をかけながら松野がうっとおしそうな顔をしていると、正面に座っていた志乃があきれたようにこう言った。


「そうですわよ、高尾。松野姐さんにはちゃんと旦那さまがいらっしゃいますのに…」


「え、旦那って客のことじゃないか?」


「正真正銘の旦那さまですわ。年季が明けたら夫の元へ帰ると昔聞いたことがありますもの」


その言葉が耳に入るとお千代と高尾は、急に湯船から立ちあがった。


「松野姐さん、結婚してたんですか!?」

「松野姐、結婚してたんか!?」


と湯屋中に響きわたるような声をあげました。


松野はこめかみを抑えながら志乃をギロリと睨みつける。


すると志乃は青ざめた顔をしてそそくさと湯船から出ると、石榴口(ざくろぐち)をしゃがんで抜けてゆき、さっさと板の間の方へと逃げてしまいました。


「はあ、あんな大昔に言ったことを覚えてるなんてねぇ……」


立ちあがって衝撃を受けているふたりをよそに、松野はそれ以上のことは何も話しませんでした。



湯屋からおなごやまでの道筋、松野は足早に歩いて行きます。

どうやら志乃はとうに帰った様子で、その後ろを高尾とお千代が気まずい雰囲気を漂わせながら足を進めていました。


「お千代、あれは本気で怒ってるぞ」

「高尾姐さんと志乃姐さんのせいですよ。私は巻き込まれたようなものです」


「うっわ、冷たい女だなぁ…」

「冷たいも何もないですよ。ああ、おなごやに帰りたくないなぁ……」


「そうだ!松野姐より先に帰って、すぐ身支度したら速攻で舟の方へ向かえばいいんじゃないか!!」


いいこと思いついたといわんばかりに高尾は走りだした。

そして松野を脇目も振らずに抜いていく。


そのまま突っ走って、あっという間に見えなくなったのだった。



(人が行き交うなかで、なんであんなに早く走れるんだろ?)


けして道は広くはない、まっすぐでもない。


それでも人にぶつかることなく走り抜ける高尾は称賛に値すると思ったが、


――結局のところ、問題を先送りしただけじゃないのか?


と、お千代は何とも言えない気分になり、すこしその場に立ち止まっていました。



そのとき、後方から『つる!』と声をかけられ、振り向くと息を切らせて汗だくになっている三郎の姿がそこにありました。


「…さっちゃん?」

「――探してたんだ。ちょっとお前に、聞きたい、…ことがある」


三郎はそれだけ言うと、お千代の手を引いて横路(よこみち)へ入り込みました。

そして肩で息をしながら人気がないことを確認すると、矢継ぎに言葉を投げつけてきました。


「本当にサヨは太一といっしょになるって言ったのか?太郎にぃや次郎にぃにもそう言ったのか?ほかにも男がいるのか?…なあ!」


「――たぶん」


「たぶんってなんだよ!お前の義妹(いもうと)のことだろ!?そのことが気になって、気になって、夜もおちおち眠れねぇんだよっ!!」


切羽詰(せっぱつ)まったような声でそういう三郎の顔は、ひどく目がくぼんだように黒ずんでいました。


「里に帰って見てくればいいじゃないのさ。おじちゃんだって、戻って来いっていってるんだし…」

「いや、帰らない!―――怖くて、帰りたくない……」


「じゃあ、さっちゃんはどうしたいのよ!」

「――わからない……」


頭をかかえだして今にも泣きそうな三郎の姿に、お千代はため息をつきます。


「そんなにあのサヨ()のことが好きだったの?」


「―――――」


三郎はだまって首をたてにふりました。

その態度に、お千代は(さげす)んだ目で彼を見つめていいます。


「この港で会って、私に対して冷たくあしらってきたのはあの()から何か言われたから?」


「…いや、だって。サヨがつるにいじめられてるって聞いたし、男に体を売ってる女っていうのもアレだろ―――」


「そう、三郎も太一と同じだね」


「はぁ?」


「これから仕事に行かなきゃいけないの。分からないなら、自分で考えれば?」


そう言ってお千代が踵を返そうとしたとき、三郎がとっさに彼女の手をつかみました。


「オレたち幼なじみじゃねぇか。ちょっと冷たくしただけでそう怒るなよ。頼むよ、助けてくれよ!」


「都合のいいときだけ幼なじみ面しないで!……三郎の好きなサヨに助けてもらいなよ」


その言葉にハッとした顔の三郎の手を振り払って、お千代は横路を出ると走りだしました。



人波をさけ、走り続けて港まででると、海の景色がにじんでよく見えません。


袖で涙をぬぐいながら、お千代はおなごやまでの道を今度はトボトボと歩きます。


(こんな顔じゃお仕事へ行けないじゃない。早く元の顔にもどさないと…)


海風をうけながら岸を歩くのは好き。

青い海を眺めるのも好き。

今はそんな好きを考えるだけにしよう。


(そういえば、松野姐さんの機嫌はよくなってるかな?)


――いつもの松野姐さんにもどってくれてたらいいなぁ。


そんなことを思ってふふふっと笑うと、いつの間にかにいつもの私に返るんだ。


後ろはもう振り向きたくはない。


私は毎日を楽しく生きたいから―――――。

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