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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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お千代と三郎

女将さんはキセルの火皿に残った煙草の灰を灰吹(はいふき)〔灰皿〕へそっと落とします。


そしてキセルを丁寧に煙草盆にしまうと、女将さんはフフフッと笑顔でお千代を見ながらいいました。


「お千代、よかったでありんすね。遊女でありんすからと何もかも諦めるのではなく、自らがこの仕事に向き合うということは、大変良いことだと思いんす」


「あの、――女将(おかあ)さんが、楼主(おとう)さんに口添えをしてくれたのですか?」


「そんなことはありんせん。亭主さまは忘八(ぼうはち)〔八徳を失った人をいう〕と呼ばれる方でありんす。女の言うことを簡単に受け入れるお人ではありんせん」


「…それじゃあ」

「すべて亭主さまのご意思でありんす」


そういって女将さんはお千代の前に足を運ばせると、音もなく正座しました。


「えっ?」


いきなりのことでお千代が戸惑ってますと、女将さんが手をついておじぎをしました。


「初音のこと、ありがたいことでありんす」

「―――あっ」


女将さんは顔を上げて微笑みながらいいます。


「あの子の悩みを聞いて、あちきに相談するよう仕向けたのはお千代でありんすね。女将(はは)としての面目が果たせてうれしく思いんす」

「…いえ、私じゃ何もできないから……」


「でも、そのおかげで初音の悩みがすこしでも解決できたら、よいことではありんせんか。お千代は気負いすぎでありんす」

「初音さんのためになったなら、――よかったです」


「今は初めての旦那さまのときは、あちきが僅かの間だけでもそばにいるようにしていんす。それだけでも心が穏やかになれると言っていんした」


初音のことが気がかりだったので、よい方向にむかっているならそれでいいとお千代は思いました。



そして女将さんに頭をさげて内所からでようとしたら、ちょっとだけ足止めされたのです。


「あちきはお千代の母親でありんすから、また頼ってくんなまし」


少女のように女将さんがそうほほ笑んで、和紙に包まれたお菓子をもらいました。


「ありがとうございます。女将さん」


お千代はまた頭を下げて萩屋から外へと出てきました。



(また借金が増えちゃったけど、がんばって元をとればいいんだ)


いつもの空元気でなんとか自分を励まします。


本当に良かったことも嫌なことも、素直に受け入れることが出来るようになれば、


――私はきっと過去を越えられる!


そのために、私は私の力で変わらなくちゃいけないんだ。



(読み書きができるようになったら、つぎに算術もできるようになりたいな。そうすれば、きっともっと生きることが楽しくなるから―――)


(岡の遊女くらいのお金を手に入れることができたら、借金なんてあっという間に返して、さらにお金を貯めて、年季が明けたら商売でもしようかな♪)


楽しい夢だけを今は考えて、しばらく現実はみないでおこう。

そういう時もあってもいいじゃないか。



お千代は花街をでて商家の集まる港町の中心へ来ると、お気に入りの福屋のあんこ餅を買いました。


(女将さんからもらったお菓子はあとでいただくとして、今はあんこ餅が食べたい気分なんだよね)



昼時の港でひとり、海を眺めながらお千代が雁木(がんぎ)に座ってお菓子をほおばっていると、問屋が(のき)をつらねている西側から、見知った男がやってきました。


「おい、つる。オレんちから文がきて頭に読んでもらったら、次郎にぃが家から出てったらしいんだ。お前、何か知らないか?」


「さあ?さっちゃんちのことなんて知らないよぉ。ほかに何か書いてたの?」


お千代が首をかしげて三郎にそういうと、彼は青い顔をして言葉を吐きだした。


「かあちゃんも、太郎にぃの嫁さんも出ていって、家にはとうちゃんと太郎にぃと寝たきりのじいちゃんだけになったから、オレに里に戻ってこいって…」


「ふ~ん。それでさっちゃんは里に帰るの?」


「いや、まだ分からない。金を稼がないと嫁ももらえないし……」



(ああ、だから里にも帰らずにずっとここで働いてたのか――)


なるほどねぇと、お千代はふんふんとうなずいている。

里に残してきた女の子のため?――あれ、そんな子いたっけ??


「さっちゃんって好きな子いたの?」

「――いや、その……」


(そうか、それで私と会うのも話すのも態度も悪かったのは、好きな子のためだったんだねぇ。――で、誰だろう?)


三郎が耳まで真っ赤にさせながら目を泳がせている。

だが、意を決したのかぼそぼそと小さな声で白状してきました。


「つるの義妹のサヨだよ………」


さすがにその言葉にはお千代も驚いた。


「さっちゃんが嫁に欲しいと思ってるだけ?それともあの子がそういったの?」

「サヨが嫁になるって―――」


そういいながら照れる三郎に、お千代は大笑いしながらいいました。


「あはははははははっ。なーんだ、さっちゃん()なんだ。あの子ねぇ、いっちゃんの嫁になるって言ってたよ?この分だと、太郎さんや次郎さんにも同じこと言ったんだろうね」


「な、な、なんだよ、それ!太一(たいち)はつると一緒になるって言ってたじゃないか!?」


「でも本当だよ。あの子もだけど、その母親も同じようなことしてたよ。…あはは、怖いね」


「―――――!」


お千代はにこにこしながら他人事のようにそういうと、三郎は大きく目を見開き、信じられないというふうに小刻みに首を振りながら彼女をみていた。


「里にもどることがあっても、サヨやあの女には私のことは話さないでね。私はあのふたりから逃げるためにここへ来たんだからさ。そのくらいのことは幼なじみのよしみとしてお願いだよ。じゃあね」


と最後のお菓子をお腹におさめて、お千代は港からゆうゆうと立ち去りました。

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