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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第三章:今の自分にできること
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読み書きを習いたい

朝の空気の冷たさも緩み、桜のつぼみの中から気の早い花が咲きだす季節になりました。



仕事帰りの沖の遊女たちはおなごやで朝餉(あさげ)をいただいたあと、各々それぞれが自分のやりたいことをし始める時間になります。


そんな中で、貸本屋から借りた草紙を読んでいた松野にお千代は真顔でこういいました。


「松野姐さん、読み書きができたほうが遊女として役に立つのでしょうか?」

「――はあ?」


ちょっと間の抜けた顔をした松野だったが、すぐに本来の表情にもどって答えます。


「…そうねぇ。こういうこっけい話の多い草紙だったら、旦那さんたちとの会話の話題にしやすいわね。でも船で仕事してる男の人も読み書きできる人は少ないから、必要って言われるとどうだろうねぇ……」


そこへ高尾と志乃も楽しそうに会話に加わってきます。


「そういうことは岡さんがやることだぞ。うちらは今のままでいいじゃん」

「悪くはないと思います。ですが、たまにできる女を好まない旦那さまもいらっしゃいますのよ?」


「あー、自分ができない分からないから気に食わないってのはいるわな」

「今まで見識の高い旦那さまは、たいてい松野姐さんのお客でしたわね」


口元に手をあてて志乃がそう言うと、高尾が何やらニヤニヤしながら面白そうに口を開きました。


「おーおー、お千代が松野姐の客をとるつもりかよ。怖いねぇ、怖いねぇ」

「いや、そういうつもりはないですよ!」


お千代が両手を大きく振りながら『ちがいますって』と力強く否定します。

すると松野が高尾の頭をはたいていいました。


「あたしの後釜に座りたきゃ座りな。どのみちもう年季明けが近いんだ。お千代に旦那さんを引く継ぐのも悪くない話さ」

「ま、松野姐、本気か!?」


「本気さね。お千代も思うことがあるから言ってるんだろうよ」

「そうですわね。お千代、松野姐さんの代わりはあなたがしっかりと努めなさいな」


何故か話の流れが松野の引退後の引き継ぎになってしまっている。


(またやってしまった―――!?)


――人から面倒ごとをいつの間にかに押し付けられる、この性格がうらめしい。



そう思いながらお千代がおどろいた顔をして口をパクパクさせていると、松野が苦笑いしながらいいます。


「ま、あと二年は先のことだから、これから読み書きの練習をして身につくかどうか試してみな。アンタはまだ若いんだ。色々とやってみればいいんだよ。失敗してもすぐに取り返すことができるさ」


ふたりの姐たちはうんうんと首を振ります。


(…失敗してもいいんだ)


なんだかその言葉にお千代はがんばる勇気をもらえたような気がした―――――。




お千代はさっそく思い立ったが吉日とばかりに、萩屋までやってきました。


萩屋は昼見世がはじまってるようで、あたりにちらほら男の人が遊女を見にきています。

今日は勝手口から入って店の若い衆の人に女将さんを呼んでもらうことにしました。


(こういうときこそ、女将(おかあ)さんの力が欲しいところだよね)


読み書きにはある程度の教材がいると松野が教えてくれました。

それに『しっかり学ぶならお茶屋で習った方がいい』と進めたのも彼女でした。


呼びだしてもらったあと四半刻〔三十分〕ほど待たされ、女将さんと会うことができました。


「遅れておゆるしなんし。お千代、あちきに用事があると聞きんしたが、何かあったんでありんすかぇ?」


「あの、女将さん。私、読み書きを習いたいと思いまして……」


お千代がそういってモジモジしていると、女将さんはすこし考えたあとにこういいました。


「…亭主さまにも聞いてもらいんしょう」


それだけいうとお千代の手を引いて奥の内所(ないしょ)まで連れていきました。



『ここでお待ちなんし』と言われ、楼主(ろうしゅ)の自宅の部屋の一室で座らされて、お千代は嫌な汗をかきながら楼主と女将さんが来るのを待ちました。


(なんで、なにかまたやった??)


ここへ連れてこられたのは二度目である。

一度目は女衒(ぜげん)に連れられてきたときでした。



ふるふると仔猫のように緊張やらなんやらで震えていると、ふすまがスッと開き楼主とその後ろから女将さんが入ってきました。

お千代はあわてて平伏します。


上座に楼主がどかりと腰を下ろすと、女将さんがやや後方寄りのとなりに音もなく座ったようです。

お千代はそれをちら目で確認すると、表を上げました。


「――お千代、沖の遊女のお前さんが読み書きを習いたいんだってね」

「…はい」


「わかっていると思うが、タダじゃ教えられん。奉公人の若い衆や禿(かむろ)〔遊女見習い〕たち同様に銭をいただくことになるが、いいね?」

「……はい。それも承知の上でのご相談です」


楼主とお千代が話をしている中、縁側から若い衆の影が見えると、女将さんが障子を少しだけ開けて火入(ひいれ)〔火種の入れ物〕を受け取り煙草盆(たばこぼん)〔煙草道具入れ〕へ置きました。

そして女将さんはキセルを手にして手慣れた所作で煙草を火皿に詰めて遠火(とおび)し、軽く煙草を吸ってからキセルを楼主へと手渡します。


楼主はキセルの吸いくちに口をつけて煙草をすぅっと吸いこむと、ぷかっとけむりを吐きだしました。


「またどういう風の吹き回しでそう決めたのかい。沖の女は岡の女ほど素養はいらないと思うんだがね」


「…そうだとは思います。ですが、私みたいに何もない女がこの先稼いでいくには、売りになるものが必要だと感じました。手紙を読むことができるだけでも、私たちの客層には売りになると思います」


お千代が必死に訴えると、楼主は再びキセルを吸って煙を長く吐きました。


「――いいだろう。明日の朝からほかの者たちとともに学ぶといい。ただし、その分の費用はお前の借金に上乗せさせてもらうよ」


そういうと楼主はキセルを女将さんに渡し、立ちあがるとふたりを残して部屋から去って行きました。

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