表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/128

【内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島】の設定集

※ザックリと簡略化した設定集です。

※創作のなかにも史実が混ざっています。

※史実的な用語もありますが、造語もあるので注意してください。

<沖の遊女・お千代>


・遊女:男性に性的な仕事をする女性。


・旦那:ここでいう旦那は主に客のことを意味する。


水主(かこ):船乗り。身分が低い者は港で寝泊まりすることが許されない。


・沖の遊女:沖に停泊している船で船乗りの夜の相手をする女性。下級遊女。

 おちょろ船の遊女たちをモデルにしています。


・船(大型船)と舟(小型船):ここでいう船は北前船のような帆が一つの大きな船の

 ことです。

 舟は()を使う手漕(てこ)き船を指します。


・舟押し:沖の遊女を舟で運んだり、客から金を受け取ったりする遊女の管理者。

 おちょろ船の漕ぎ手であるちょろ押しをモデルにしています。


・おなごや:置屋(おきや)のことです。遊女はふだんここで生活しています。


・足抜け:借金を返済せずに逃げること。


楼主(ろうしゅ):遊女の雇用主。遊女たちは『おとうさん』『親父どの』

 などと呼ぶ。



<風待ちの港・(しお)待の港>


内海(うちうみ):瀬戸内海のような海のこと。


・風待ち・汐待ち:船の動力は風や潮の流れや満ち引きなどのこともあり、

 環境が整わないと船を出港させられない。

 そのため船乗りたちが、港町や沖の船の中でそれらを待つことを意味する。


・お茶を()く:客が取れなかった遊女のこと。


三崎島(みさきじま):物語の中だけの架空の島。

 モデルは大崎下島(おおさきしもじま)


玉洗(たまあら)いの港町:物語の中だけの架空の港町。

 モデルは御手洗(みたらい)の港。


・べっぴんさん:港町の住人たちは親しみを込めて遊女をそう呼ぶ。


・米問屋:米の売買を専門としている店。


浜仲仕(はまなかし):港などで荷物を運ぶ労働者。

 明治前後くらいから沖から荷物を運ぶ沖仲仕(おきなかし)

 陸地で働く陸仲仕おかなかしへと動力船の運航と共に変わって行きました。

 

・奉公:商家などに住みこみで働くこと。

 仕える家によっては身分が必要。



<岡の遊女>


・岡の遊女:芸事や礼儀を仕込まれた女性。

 身分の高い男性を客にできる。上級遊女。


・遊女茶屋:吉原のような揚屋(あげや)より格下。

 岡の遊女の仕事場。


 玉洗いの港の遊女茶屋は、藩公認の若高屋・吉屋・三田屋・萩屋。

 お千代が所属している店は一番規模の小さい萩屋です。


船頭(せんどう):船長のこと。船の最高責任者でもある。

 商人自らが船に乗って取引していることもあるが、

 雇われ船頭が商人に代わって荷物の売買をしている方が多いかもしれない。


張見世(はりみせ):茶屋の格子の内側に座って自分を客に見せる。


上見世(かみみせ)下見世(しもみせ):上見世は下見世より

 少し座る場所が高く作られている。

 遊女の人気により座る場所が決まっている。


内所(ないしょ):楼主一家が住んでいる場所。

 遊女も奉公人も勝手に入ることは許されないところ。


・くら替え:別の遊郭や遊女茶屋から移ってきた人のことをいう。



<住吉神社にて>


・女将さん:楼主の妻。遊女たちからは「おかあさん」「おふくろさま」

 などと呼ばれている。

 元遊女か商人の娘が楼主の妻になることが多かった。


常夜灯(じょうやとう):一晩中明かりが灯ってました。

 港ならびに主要な街道には欠かせないものでした。


住吉神社(すみよしじんじゃ):住吉三神を祀っている神社。

 航海の安全の神として、港町でよくみかけられる神社です。


住吉大社(すみよしたいしゃ):大阪府にある大きな神社です。

 住吉三神以外の神も多く祀られています。


廻船問屋(かいせんどんや):商船を相手に商売をしている店のこと。


波止場(はとば):港周辺の海に作られている長い建造物。

 昔は石を積み重ねてました。


端島(はしじま):玉洗いの港町から見える東隣の島。モデルは岡村島(おかむらじま)



<沈む心と浮かぶ心>


湯屋(ゆや):風呂屋。風呂付の家は少ないの港の住民は湯屋を

 利用しています。


石榴口(ざくろぐち):風呂の温度を下がりにくくするための建築物。

 みんなかがんで石榴口の下を抜けて浴槽に浸かっていた。


・髪結い:専門職の髪結師が湯屋の近くで商売をしていました。

 値段もそれほど高くはなく、人々の社交の場でした。


一張羅(いっちょうら):昔は余所行きの着物は一着あればいいという

 考えでした。


・遊女たちの談合:店同士、商売敵ですが、平和的解決をみな心掛けています。



<自分を売る交渉>


三役(さんやく):船頭の下の三種類の役職のこと。


表司(おもてし):三役の一つで、航海中の進路を考え指示する

 役目をしていました。

 またその補佐として片表(かたおもて)という職の方もいます。


親仁(おやじ):三役の一つで、甲板作業の指導者。


知工(ちく):三役の一つで、事務方の責任者。

 荷物や金の管理者なので責任重大でした。


・沖の遊女の値段交渉:自分で金額を決めて客と交渉していました。

 交渉が終わると、支払いは舟押しへと預けていました。

 そして所属しているお茶屋で必要経費などを差っ引かれ、

 仕事帰りに遊女のとり分を受け取ります。



<船宿と馴染みの船>


船宿(ふなやど):宿泊施設であり、仕出し屋も兼ねている。

 身分が高い船乗りしか泊まれないところもある。

 馴染みの船が来ると主人自らが船まで呼びに行っていた。


 風呂は湯女(ゆな)代わりの遊女に客の接待をさせていました。

 宴会時にも遊女を呼び寄せ、夜は船頭のみが泊まることができた。

 船頭は船宿から出る時に、祝儀(心付け)を置いていく。

 値段は決まっていない。


(かしき):炊事係。水主になったばかりの者がこの仕事についていた。



<遊女たちの語らい>


・西廻り:3月くらいに大阪を出港し、青森や蝦夷(えぞ)で荷を仕入れ、

 再び大阪に戻ります。

 この間に各地の港町で売買をしながら航海をしていきます。

 水主たちは、大阪につくと船頭以外はみんな徒歩で帰宅して、

 次の航海まで船主の家の用事をしたり、湯治に出かけることもありました。

 

 直江屋の船は北陸で冬越しをするので、まず最初に大阪へ行って

 荷を(さば)き、

 そして青森や蝦夷で荷を仕入れに向かい、また大阪へ行って荷を捌きます。

 それから北陸に戻って冬支度です。


 九州方面へと航海する船もありました。


・東廻り:江戸までは一番早い航海路ですが、潮の流れなどで太平洋側へ

 流されてしまうことがある。



<過去を振り返って>


女衒(ぜげん):『これは!』という逸材の女子をを金で買う職業の人。

 格式高い遊郭では、太夫(たゆう)になれそうな女子しか買わない。

 

 女衒と提携している茶屋や遊郭によっては基準はマチマチだが、

 貧乏人の娘だからと言って誰も彼も買うことはない。



<港での再会>


雁木(がんぎ):海から陸に向けて階段のように石を積んだ構造物。

 今はほとんどコンクリートのものに変わっているが、鞆の浦の港に

 昔からのものが現存している。



<ふたりで店巡り>


・神の島:大三島(おおみしま)のこと。大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)が有名。

 近代まで漁業が禁止されていた。

 

・塩:戦前は瀬戸内海は塩田が多く、北前船を通じて塩の産地でした。

 今はそのまま放置されてたり、埋め立てられたり、太陽パネルが置かれたりと

 見る影もない。


 東北では昆布や数の子などで塩を大量に必要としていましたので、

 北前船の者たちは、瀬戸内海で買いつけた塩を運んで利益を得ていました。

 


・綿花:海を埋め立てて間もない塩気が抜けていない土でも育つので、

 干拓事業を行っていたところでは盛んに生産されていました。

 ただし肥料がたくさん必要だったため、ニシンなどの魚肥(ぎょひ)

 重宝されていました。


・下津井:城下町より栄えていたという港。鰊俵(にしんだわら)を積んだ船が

 多くやって来たそうです。

 また近くの玉島の港にも鰊俵を積んだ船が行き交っていました。

 

鰊粕(にしんかす):ニシンを煮て、油が抜けるまで押しつぶして、

 乾燥させたもの。

 これを発酵させて作物の肥料にしていました。



<初音の悩み事>


大夫(たゆう):遊女の最上位。


・遊女たちの客の取り合い:ひとりの客にひとりの遊女が基本なのだが、

 客が別の遊女と通じると、周りを巻き込んだ騒動に発展しました。


 これは金が絡んでいるからです。

 ひとりの顧客を取られると、その分実入りが減ります。

 岡の遊女の借金は高額だったため、死活問題に関わることでした。


箱膳(はこぜん):食器入れ。食事をするときは箱のフタの上に食器を並べる。



<私を買ってくれますよね?>


行李(こうり):荷物入れ。小物や着物とか入ってます。


・この話での金について、500文とか書いてますが分かりやすくするために

 あえてこういう書き方をしています。


 本来なら500文だったら一朱金(いっしゅきん)(銀)ふたつ分くらいの価値になります。

 一朱金一枚と百文って書いてもぱっとみで『いくらだよ?』って

 ことになりそうなので、…作者自体が江戸時代の金勘定には疎いのです。


 船乗りさんたちも大量の小銭を持ってるわけもないので、

 金管理をしている弁蔵さんところで文以外の金も使って払ってると

 思っていただければ助かります。


 岡の遊女になると一分金(いちぶきん)や丁銀などの(もんめ)単位とかになるので、

 そこはそのとき考えようと思います。



<心の傷>


(みの):昔の雨具です。



<優しさの欠片>


干し飯(ほしいい):炊いたあと、天日干しにしたもの。

 そのままでも食べられます。



<番外編:寅吉の過去・前編>


船磁石(ふなじしゃく):手のひらサイズの方位磁石です。


・直江屋の船は沖乗(おきの)りなので、山口県の屋代島(やしろじま)の近くにある

 愛媛県の津和地島(つわじじま)から島の港を経由するルートを運航してます。


 地乗(じの)りは津和地島から広島県の下蒲刈島(しもかまがりじま)を経て、

本土の港に泊まっていきます。

 

 泊まる港が少ない沖乗りは早く目的地へ着くことができました。

 ただし、安全方面でいえば地乗り方が安定していました。


・若い衆:ここでは色里で働く奉公人をさす。

 年老いても若い衆と呼ばれます。



<番外編:寅吉の過去・後編>


・水主はだいたい十四、五歳からなれます。

 炊からの仕事からのスタートです。


 基本給のほかに、一年の仕事が済んで戻ればボーナスも

 もらえました。


 船頭の給金は一両か二両でしたが、載積量の一割分の自分の荷を

 船に積み込むことが許されていたので、

 上手く売り買いをすれば、百両のお金を稼ぐことができました。



<読み書きを習いたい>


・年季明け:二十七歳くらい。松野さんは今の時点で二十五歳ということです。



<お千代と三郎>


忘八(ぼうはち):楼主のことをそう呼ぶ。


 孔子の教えである仁・義・礼・智・信・忠・孝・悌の

 八徳を失った者という意味です。



<それでも私は遊女なんだ>


船後家(ふなごけ):菜売りという素人の売りから茶屋が管理する玄人へと変化しました。

 幕府、もしくはその藩に無許可で春を売ることは禁止されていました。


 江戸で言えば、吉原は幕府公認で岡場所は未公認でした。


油壷(あぶらつぼ):椿油などを入れた手のひらサイズの陶器。



<いろは唄と人助け>


・いろは唄:手習いの基本として使われていました。


・鉢かづき:シンデレラストーリーのような昔話。


刎ね荷(はねに):船を軽くするために荷物を海に投げ捨てる行為。


船箪笥(ふなだんず):気密性が高く、海でも浮かびます。


 持ち主が分かるように家紋などの装飾がなされていて

 これを拾って持ち主へ渡せば、家一軒の褒賞がもらえたそうです。



<昔のままではいられない>


・結婚:男女が婚姻関係を結ぶこと。


 江戸時代に結婚という単語は使われていなかったと思うが

 他に何が…、と考えたけど文章に合わなかったので

 分かりやすく結婚の単語を採用しました。



<人が忘れないこと>


焚場(たでば):船の整備所のような場所。


 主に船の修理を行っていました。


 例えば、木製の船に付着する貝類や船虫を取り除くために

 船底を燻したり焼いたりして乾燥させていました。

 そうすることで船を長持ちさせていたそうです。


 鞆の浦の干潮(かんちょう)時にて、跡地をみることができるかもしれません。


槙皮(まいはだ):マキの幹の内皮を柔らかく砕いたもの。

 板のつぎ目の水もれを防ぐため使用していました。


帆柱(ほばしら):帆を張るための柱。つまりマスト。


・すっぽん:船底から水を吸いだす道具。

 帆柱の後ろに取りつけられている。


 船の甲板から雨水などが漏れ入って船底に水が溜まるんだそうです。

 水樽(はす)と呼ばれる大きな樽もありましたが、非常用に

 溜めていたのかもしれませんね。


・神頼み:船には神棚(かみだな)船仏壇(ふなぶつだん)があり、そこで(おが)んでいました。



<岡の遊女の理不尽な仕打ち>


頓死(とんし):突然死のこと。


・遊女の借金:前金や利息や遊女として育てるために支払った

 お金のことです。


 昭和初期のころの話で、小学六年のときに前金で250円で

 売られた少女が、十五の時には借金が750円に膨れ上がり

 自分の不幸を嘆いて十七歳で自殺したという…。


 この作品ではかなりマイルドに書いてますが、

 実際はかなり暴利なものでした。



<向けられた狂気>


・おゆかり様:廓言葉(くるわことば)でいう馴染み客のこと



<私が物語を語る>


・舟で客をとる遊女といえば船饅頭(ふなまんじゅう)というものがある。

 江戸の海辺で仕事をしていたそうです。


 おちょろさんより有名ですね。


御伽噺(おとぎばなし):桃太郎やカチカチ山などの昔話のこと。



<四つ折りの紙を開いて>


木版画(もくはんが):版木に凹凸をつけて印刷する。


 浮世絵なら二十四文くらいで購入できた。



<寅吉の意外な欠点>


・春画:肉筆や木版画なものがある。


 有名な絵師の描いた肉筆の一点ものは高価でした。

 木版画のものは大量に刷れる分、安価だった。


 今回は葛飾北斎の春画からネタを引っ張ってきました。

 未だにお千代同様に崩し文字が読めません。

 

掛守(かけまもり):お守り袋のようなもの。色々な種類があります。

 中に守り札などを入れたりします。



<茶屋での対決>


・文机:昔の勉強机。



<波止場で私は叫んだ>


(つば)やかん:かまどにそのまま置けるような形状に

 なっていている。


・ふのり:海藻の一種。


 うどん粉と一緒に湯で混ぜてシャンプー

 代わりにしていました。


 江戸時代は髪用の油を使用して髪を固めていました。

 そして洗髪は十日に一回くらいだったらしい…。



<遊女の末路>


幇間(ほうかん):客が遊女と会う合間に場を和ませる男芸者のこと。

 太鼓持ちともいう。


・身請け:客が遊女を買い取る行為。

 大夫などは一千両かかると言われている。


 

<唄と酒と男と女>


・惚れて通えば 千里も一里 逢えずに帰れば また千里

 七・七・七・五形式で作られた都々逸(どどいつ)

 芸者などが客席で歌っていました。


 三千世界の(からす)を殺し~…や立てば芍薬(しゃくやく)(すわ)れば牡丹~…

 も都々逸です。



<来訪者あらわる>


木賃宿(きちんやど):素泊まりの安い宿。

 ほかの客と雑魚寝が多いと思われる。



<太一の真意はどこに?>


・地廻り:盛り場などでぶらついてるならず者。



<それぞれの思い違い>


陰間茶屋(かげまちゃや):陰間という男娼が仕事をしている店。

 役者見習いなどが所属していた。


 陰間は主に若いうちは坊主などの相手をし

 二十くらいになると空閨(くうけい)を持て余す女性の

 相手をしていました。


 商売上、痔で苦しんでいたようです。



<彼女のうわさ>


・よしず:(よし)で作られた日よけ。

 大きな物なので立てかけて使います。


・甘酒:(こうじ)酒粕(さけかす)などで作られたもの。

 栄養ドリンクのように夏に飲んでいました。


 ちなみに冬でも飲みます。



<小波の主張>


・遊女への仕置き:まだ使えそうなら傷をつけない

 拷問をします。


 足抜けになると、逆さ吊りにして竹で上半身を

 叩く『ぶりぶり』といわれる仕置きをするところも

 あったようです。


 遊女が拷問を受けて死ぬと、病死や自殺と同じ

 ように投げ込み寺に捨てられました。

 

・十両の盗みで即死罪:落語などに十両盗めば首が飛ぶ

 という台詞があるように、打ち首確定でした。


 

<笑う弥彦>


・首を斬り落とすときの役人の台詞:本当にあった。


 広島藩の樽ヶ鼻(たるがはな)の刑場で実際に行われていたそうです。



<それをくり返して得たものは>


磔刑(たっけい):本編で書いたので割愛。


一ト切(ひときり):約十分。ちょんの間は十分から十五分らしい。


・針での拷問:遊女の場合つめの間や太ももの内側など

 見えない箇所に差し込むそうです。



<番外編:弥彦の考察・前編>


・金を稼ぐなら鉱山か船に乗ればいい:危険度の高い職だけど実入りが良い。


 鉱山の場所にもよりますが、女性も働いてました。


 今は機械である程度は危険性も少なくなってますが、それでも山を削るのは


 命の危険を伴います。


 別の話で石見鉱山では少しでも銀をちょろまかせば即打ち首だったそうです。


 女性が遊女として使い捨てられていた時代、男性もまた危険な仕事でたくさんの


 人が命を落としてました。


・寺のありかた:葬式や法事の仕事以外にも、周辺の檀家たちのもめ事や


 どんな人が暮らしてるのかを把握してたり、通行証を出したりと


 お役所仕事のようなことをしてました。


 また寺の住職の子を養子に迎える商家などもあったそうです。


 

<祭りに心をうばわれて>


・遊女たちも祭りを楽しんでいたことについて:モデルにしています港町で


 遊女たちも祭りに参加していたという記録だけで、小説の内容は創作です。


 休みも盆と正月意外にあったのかは定かではない…。



<祭り前の岡の遊女たち>


地唄舞(じうたまい):日本舞踊のひとつ。


 江戸後期の作品や現代に新しく考案されたものもあります。


 気になった方は動画などを検索してみてください。



<三社祭りにて>


定式幕(じょうしきまく):お芝居などの幕のことを指しますが、ここでは


 お祝いごとがあるときに家の表に飾り付ける幕のことです。


・神輿:動画サイトでみたモデルの港町のお祭りを参考にさせてもらってます。



<番外編:三郎と初音・後編>


切目縁(きりめえん):縁板を敷居と直角方向に張った縁。

 


<慰霊祭のあとで>


・寺での慰霊祭:ここでの創作です。


 ですが赤穂の黒崎墓所のように、島で亡くなった方の供養をしてたと思われます。


 モデルの島のみどころにおいらん公園があって、亡くなった遊女の墓ではないか


 というものを公園内に整理しています。



<浮世の習い>


生者必滅(しょうじゃひつめつ)会者定離(えしゃじょうり):仏教の教えのひとつ。

 作中にて解説しているのでここでは割愛する。



<寅吉の現状について>


・はぎつけ:船の横に取りつけられている波よけの板。

 その外側には垣立という垣根のような囲いがある。



<寅吉と弥彦:其の一>


・出来銀:町立銀行のようなもの。

 町出来銀勘定帳は大店が管理していると書いたが創作である。


 モデルの港町では、町の発展のために商人たちが自発的に

 生み出した制度だったが、十八世紀末に藩の役人が口を挟む

 ようになり、商人たちが自由に運営できなくなったそうです。


 

藩札(はんさつ):作中にて解説しているのでここでは割愛する。

 

 西日本では銀でのやり取りが多かったそうです。

 作中でもそれに合わせて二朱金ではなく、二朱銀にしています。


 

<寅吉と弥彦:其の二>


・花魁道中:花魁直々に引手茶屋まで旦那を迎えに行くこと。

 さらに花魁の付き人も共に迎えに行くので大行列になる。


 モデルの港町の道は田舎道そのままに狭いのですが、

 それでも花魁道中をしていたというから驚きしかない。


 浮世絵で描かれているような大きな傘では、

 通り抜けできないと思う。



<夕暮れの三郎>


・格の上がった遊女のこと:吉原で行われていたことのを

 参考にしました。

 とにかく借金が雪だるま式に増えていくシステムとなってます。


・遊女が死んだら?:投げ込み寺っていっても、

 死体を放置していくわけではありません。


 どういう名の女かというメモと、金を置いて行きます。

 自殺や心中した女は、メモに売女と書かれたりします。

 そしてその罵倒の文字が戒名になるとかならないとか……。



<番外編:初音のこれから・後編>


・藍染:藍色の染料で染められたもの。

 色褪せにくい特性を持つ。


 植物の藍が原材料。


弁柄(べんがら):酸化鉄顔料。

 鉄鉱石をあれやこれやして作ってます。


 赤い色に近いほど価値があるそうです。


 道路のカーブなどのアスファルトの赤色も弁柄を使用してます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ