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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第二章:楽しく生きるためにどうするべきか?
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手負いの寅吉

お千代は今度は大きなため息をつきました。

その姿をみた寅吉は首をかしげて言います。


「もう話は終わりか?」

「…うん、そうだね」


「じゃあ寝るか」

「うん」


短い言葉を言い合って、ふたりで床につきました。

ですが、寅吉はやはりお千代に背を向けています。



てっきり寅吉は自分を抱くのかと思っていたお千代は、彼の肩に手で触れてみました。


「――なんだ、眠れないのか」

「いや、その、寅吉さん。…しないの?」


「する必要はないだろう」

「でもお金…、頂いたし――」


お千代がモジモジしながら何もないこの現状に、遊女としていたたまれない気分になっています。


「あれは話をするために出した金だ。お前もそう言ってたよな、沖の遊女はそういうものだと」


と、寅吉は取り合ってはくれません。



もーっと声をあげてお千代は起き上がると、寅吉の体を揺さぶりました。


「私は遊女なんですよ!お金を頂いたのに仕事をさせてもらえないのはツラいんですよぅ!」


「あー、もう。仕事しないで金がもらえりゃ、楽できていいじゃないか!」


今度は寅吉が起きあがって、お千代に向かってそういいます。

するとお千代はしゅんとうつむいてしまいました。


そんな彼女をみて寅吉もばつが悪そうに視線を外します。



「……そんなに遊女はお嫌いですか?」

「…そうだな。好きじゃない」


「どうしてですか?」

「そんなこと、お前に言う必要はない」


「なんでですか?」

「どうでもいいだろ、俺の気持ちの問題だ」


「じゃあ、なんで私を買ったのですか?」

「――っ。それはお前が話があると言ったから…」


「寅吉さんは話をするだけのために、350文ものお金をだすような(ひと)じゃないですよね?」


「……そうだな。ふだんの俺なら金はだなさい」


その言葉を聞いて、お千代は寅吉のそばに寄ります。

そして彼の顔をおさえて自分の方へ向けました。


「――たくさんの男たちに抱かれたからだの遊女が、(けが)れていると思ってるから抱けないのですか?」


お千代は真剣な顔で寅吉を見つめます。

しかし彼はお千代の手を振りはらいました。


「…そうじゃない。そうじゃない―――が、そう思われても仕方ない」

「そういう言い方は卑怯です」


「どう取り繕っても、そうとしか言えん…」

「じゃあ態度で示してください。言葉は不要です」


そう言ってじっと見つめてくるお千代に観念したのか、寅吉は彼女を抱き寄せました。


「――ちょっと目を閉じてじっとしてろよ」

「うん…」


意を決して寅吉は顔を傾けると、お千代の唇に自分の唇を重ねました。

しばしの間ふたりはそのまま身じろぎもせず、時だけが過ぎてゆきます。


そしてあたたかく柔らかい感触をお互い確かめ合うと、自然に唇を離しました。



「…これで分かっただろう」


そういいながら寅吉は頬を紅潮(こうちょう)させて、お千代から距離を取ろうとします。

だが、彼女は離れようともせずに逆に抱きついてきました。


寅吉は無理に引きはがそうとするが、お千代はがっちり体をつかんで離れません。


「いい加減にしろよ。もう離れてさっさと寝ろ!」


「ここまできて何寝言いってるんですか。寅吉さんだって、私としたいでしょ?抱けるでしょ!?」


「こ、こ、こ、こ、これはだな…。男の心と体は別物みたいなものなんだよ!」


と目を泳がせる寅吉を、お千代は力づくで床に押し倒す。



そうしてお千代はにこにこほほ笑むと、馬乗りになって抵抗する彼の下着に手をつけました。


「我慢はからだによくないですよ。それに寅吉さんはそのまま寝てるだけでいいですから、私は慣れてるのでまかせてください」


お千代は手慣れた手つきで衿元(えりもと)を崩して素肌に触れ、寅吉の上半身をあらわにさせてゆきます。

すでに彼は力なく横たわっているだけで、抵抗することもしなくなりました。


そして諦めたかのように目を閉じてこういいました。


「――俺が女と体を通わせるときは、相手の心の奥まで踏み込む決意をしたときだけだ。お千代、お前は俺の心に踏み込む覚悟はあるのか。なんでも笑顔で誤魔化して、誰も心の奥底にまでは寄せ付けないお前に、…それができるのか」


「ははは…、やだなぁ寅吉さん。私は遊女なんですよ?心なんて関係ありませんし、ただ一晩だけのお遊びですよ。なんでそう何でも面倒くさく考えるかなぁ」


苦笑いしながらお千代は、寅吉の腰紐をほどこうとしますが手が震えて上手くいかない様子です。


「そうやって自分を偽ってると、余計につらくなるだけだぞ」

「私、毎日楽しく過ごしてますから大丈夫ですよ」


「好きでもない男に抱かれて、つらくない女は―――いない」


寅吉が無感情な声でそう言い切ると、お千代は彼の胸板を叩きだしました。


「なんで、なんで、そんなことをいうの?私はここの生活も仕事も楽しいって言ってるじゃないですかぁ…」


「それじゃあどうして俺を叩く必要がある?それこそ行き場のない不満の表れじゃないのか!?」


図星をつかれたお千代は寅吉の上にばたりと倒れ込み、そして彼の首筋に爪を立てた。


「――そうやって私の傷をえぐって楽しいですか?」

「最初に俺の傷口に安易に触れたのはお前の方だろ。…お互い様だ」


「もう、慰めてもくれないんですね……」

「自業自得だ、馬鹿」


そう言って寅吉は、自分に覆いかぶさっているお千代をよこへどけると、乱れた床を直して夜着をかけて横になる。


「俺のとなりで寝てもいいし、そこでふて寝してても構わん。好きにしろ」


それだけ言うと彼は寝てしましました。



夜も更けゆくなかで、船の気温は下がる一方。

長襦袢だけでは肌寒くなってきます。


体がガタガタと震えてきましたが、お千代は自分の身を丸くしているだけです。


―――どうしてこうなったんだろう。


自分を抱きしてめて何度もそう思います。



寒ければ寅吉の夜着の中へ入り込めばいいのに、体が動こうとしません。


じわじわと目から涙が(あふ)れでてきます。

あの暗い海の底へと沈むような感覚におそわれ、体が重くなってきました。


(…でもこのままじゃダメ。自分でなんとかしないと)


誰も助けてはくれないのだから―――――。


お千代は力を振り絞り、立ちあがると寅吉の夜着の中へと侵入しました。

そして彼に抱きついて暖を取ります。


「――うっ、冷てぇ…」


そう言って寅吉は身震いしましたが、お千代から離れることはしませんでした。

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