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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第二章:楽しく生きるためにどうするべきか?
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私を買ってくれますよね?

沖の遊女たちを乗せた舟が直江屋の船のよこへ着くと渡し板で船同士をつないでもらい、遊女たちが仕出しを船に運び込んで水主たちの箱膳(はこぜん)につた屋の料理をそれぞれ配膳ししていきます。


「今日はメシだけ船頭持ちだ。女は自分の銭で買えよ」


と、表司の与作さんは水主たちにいいました。


みんな馴染みの遊女のために、金を持って舟押し弁蔵のところまで走っていきます。



そんな中、お千代は寅吉の真正面にドンと立ちはだかりました。


「買ってくれますよね、旦那さん」

「は?なんで俺が…」


「話したいことがあるからです」

「話をするだけで金をとるのか!?」


「それが沖の遊女というものですよ?旦那さん」


笑顔でお千代はそういいます。


「その”旦那さん”とかいう言い方はやめろ!」

「やめて欲しかったら買ってね、旦那さん♡」


根負けした寅吉が両手で顔を塞いで、絞りだすような声でいいます。


「――いくらだ」

「…一朱銀一枚と百五十文で」


「お前自身でよく考えて、それが妥当な遊女としての的確な値段だと思っていってるのか?」


「……くっ、一朱銀一枚と百文にしておきます」

「よし…、それで手をうってやる」


そういうと、やや調子を取り戻した寅吉が支払いのためにその場から出ていきます。



すると、なぜか姐遊女たちがびっくりした顔をしていました。


「お千代、沖の遊女が値切られちゃダメよ!ほかの旦那たちからも安値で買い叩かれるようになったらどうするの!」


「いやー、商人見習いって聞いてたけど、…やるねぇ。絶対に旦那にしたくねえ男だよ」

「沖の遊女を手玉に取るなんて、あの坊や、なんて恐ろしい子なの」


「あはは、私がまだまだ沖の遊女として未熟なだけですよぉ」


お千代はそう言って姐たちをなだめましたが、心の底では彼女の方が寅吉のことで驚いていました。


(あの寅吉さんが遊女の私を買うなんて、…一応お仕事として声をかけたつもりだったんだけど、もっとネチネチと文句を言ってきて、こっぴどく拒否をしてくると思ったんだけどなぁ)


わりとあっさりお千代を受け入れたことに、疑問を感じずにはいられませんでした。



それから水主たちは遊女をよこに添えてみんなで楽しく夕餉を食し、それぞれの寝床へ女たちを伴って引きあげていきます。


昨日は早々に寅吉の床へと行きましたが、彼は足に根が張り付いたように食事をしていた場所から動かない。

お千代が顔を覗き込むと、複雑そうなしかめっ面をしている。


―――あ。



売り言葉に買い言葉。


その場の雰囲気に飲まれて”やってしまった!”と言わんばかり顔つき。

それによく見ると、夕餉の膳はほとんど手をつけていない。


(やっぱり、かなり無理したんだなぁ…。それにしてもご飯が勿体(もったい)ない。つた屋さんのご飯は美味しいのに――)


お千代は寅吉のお膳に手を伸ばして、里芋の煮っころがしをぱくっと口の中に放り込みました。


「んー、味が染みてて美味しい~」


ひょいぱく、ひょいぱくとお千代が膳のおかずをいただいていると、ゴボウを摘まんでいた手を寅吉につかまれてしまいました。


「…お前、それ、俺のだろ?」

「残してるから勿体なくて食べてただけだよ」


「勝手に食うなよ!」

「ちえー、じゃあ全部食べなよ。つた屋さんのご飯はとっても美味しいんだからね」


「ああ、わかったよ」


そういうと寅吉は膳に置いていた箸を手にして食事を口にします。


「…うん、美味いな」


「でしょー、つた屋さんのは山の幸と海の幸を両方とも詰め込んだ料理なの。すごいでしょー」

「いや、港町の料理はこれが普通だ」


「でも山の里だと山の物しかないんだよ。それに比べたら贅沢なご飯だよ」

「まあ、…そうだな」


まだぎこちない寅吉でしたが、食事を食べ終わると決心がついたようにガバッと立ちあがりました。

そして気持ちを落ち着けようとしているのか、咳ばらいを数回するとお千代に手を差し出します。


「来るか?」

「はい、旦那さん」


お千代は寅吉の手を取ると、にこりと笑ってそういいました。


「だからそれはやめろと言ってるだろ」

「はいはい、寅吉さん」


そんなことを言い合いながら、ふたりは暗い船内の奥へと歩くのでした。




昨晩と同じ寅吉の床。


日中は夜着などの夜具や個人の日用品は行李に入れられて、作業の邪魔にならない場所に置かれているそうです。

だから夕日が沈む前に床を作っておかないと、船の中が暗すぎて行李がどこにあるのか分からなくなるとか…。


今夜も青い月明かりが差し込んでくる。

お千代は着物を脱いで床の端に置くと長襦袢姿になり、寅吉も仕事着を脱いで半襦袢と股引姿になりました。


穏やかな波にゆられながら(しとね)の上にふたりで座ると、寅吉が(せき)を切ったようにしゃべりだしました。


「――で、俺に話ってなんだ」


「…あ、うん。ちょっとね、初音さんのことを話しておきたくて、ね」


さきほどの『話したいことがあるから』は、話をするのが好きな寅吉が興味を持って食いついてくると思ったからだった。

ただ、それだけで遊女をよく思っていない彼の気を引けるとは、お千代も到底考えてはいなかったのです。


(でも初音さんのことは注意しとかなきゃね)



うんうんとお千代は首をたてに振ると、深呼吸してから声を発しました。


「寅吉さん、初音って名前の遊女さん知ってる?」


「いや、知らん」


きっぱり即断言されてしまう。


「岡の遊女さんなんだけど、どこかで会わなかった?」


「岡の遊女?―――あれか、昨日船宿の風呂場にいた遊女か!?」


はっと思い出した寅吉の言葉に、今度はお千代が混乱します。


「なんで岡さんが船宿のお風呂場にいたの?」

「表司が『茶屋の遊女』と言ってたからな。それ以外で遊女をみたのはこの船だけだぞ」


「船宿のつた屋さんはうちの茶屋と繋がりがあるから、宴会のほかにもそういう仕事をしてたのか――。岡さんたちは働き過ぎだよ…」



ほうっとお千代はため息をつくと、いぶかしげな顔をした寅吉が腕を組みながら言います。


「さしずめそこにいた遊女が今日俺とお前が会ってるのを見て、昨日の俺の態度に文句を言ってきたんだろ?」


「ちょっと当たってるけど違うよ。初音さんは男の人が苦手でね、寅吉さんに強く言われて落ち込んでいたんだ。だから、つぎに会うことがあったら、もう少し優しくしてあげて」


「…まったく、これが俺の性分だからそれは無理だ。その初音とかいう遊女に言っておいてくれ、つぎは話しかけてくるなよ、ってな」


ふんぞり返りながらそういう寅吉に、お千代は乾いた笑いしか出てない。


(うん。この人はこういう(ひと)だった……)

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