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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第二章:楽しく生きるためにどうするべきか?
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初音の悩み事

(――寅吉さん、こんなにも繊細でか弱い初音さんに何かしたの!?)



お千代は初音の涙に驚き何していいのか分からず両手を前にしてオロオロしていると、彼女は懐から懐紙を取りだしてそっと自分の涙を拭います。


「あの、あの(ひと)に泣くほど酷いことを言われたの?」


首をかしげながらお千代がそういうと、初音は首をよこに振って答えました。


「いえ、わっちの不甲斐なさに思わず涙が出てしまいんした」

「あの男は特別に口が悪いだけで、ここいらの旦那さんたちはみんないい男ばかりだよ」


お千代がそういいましたが、やはり初音は首をよこに振ります。


「前の遊郭(みせ)でもそうでありんした、わっちは殿方と話をするのが苦手なんでありんす。なので、度々旦那さまを怒らせてしまうんでありんすぇ」


「もしかして、男の人が怖いの?」


「……」


静かに初音は首をこくんとたてに振りました。



初音がいうには幼少より遊郭(ゆうかく)へ売られ、太夫(たゆう)になるべく養育されてきたが、そこへ女を買いに来る客は気性が荒い人が多く、叩かれる姐たちを何度か目撃してしまい、彼女が客をとる年齢になったときには、男とふたりきりになると口もきけなくなるほどになってしまったという―――――。



「ですから、殿方とすぐに親しく話ができるお千代さんがえらい羨ましくて、つい涙が流れてしまいんした 」


「遊女を叩くなんて…。その遊郭(みせ)楼主(おとう)さんは守ってくれなかったんですか?」


「金払いのよい旦那さまにはなんも言えんせん。 店の景気もあまりよくはなかったんでありんす」


「……そんな」


お千代は言葉を失いました。



この島の遊女茶屋は金には厳しいが、もし遊女に危害を加えたなら若い衆が客を簀巻(すま)きにして海へ投げ捨てる――、と言われているくらい大切にされている。


(島の外の遊郭ってそんなに酷いんだ…)


――遊女を拒絶していた寅吉さんも、お母さんがそんな目に合ってるのをみて遊女が嫌いになったのかな……。



遊女は店の商品。

人として扱われていないと聞いたことはあった。


ここへ来てみんなに優しくされてたから、よそから来た人から見ればここは異質なんだろう。



今の私じゃ何もできないけど、初音さんのために他に頼れる適任者がいるじゃないか―――。



お千代は初音さんの手を取っていいました。


「私はまだ未熟な遊女だけど愚痴でもなんでも話したいことがあったら言ってね。それと男の人と上手く話せない問題は女将(おかあ)さんには言った?」


「…言っていんせん(ません)


「女将さんは元遊女で今は遊女の相談役をしてるから、今日私に話してくれたことをもう一度女将さんに話してみてください。情に厚い方だから、きっと初音さんの悩みの助言をしてくれますよ」


「……まことでありんすか?怒られたりはしんせんか?」


「大丈夫!女将さんはとてもお優しい方ですから」


そう言ってお千代がぐっと手を強くにぎると、少しだけ初音の顔色が明るくなります。


「わっちはお千代さんを信じて、女将さんに相談してみんす」

「うん。信じていいよ」


お千代が笑うと、初音もはにかんだ笑顔をみせてくれました。





港に沖の遊女が集まりはじめたころ、若高屋と三田屋の遊女たちが言い争いだしました。


「うっせぇなあ。岡のことを沖の方までもってくるなよ、ったく…」


そのせいか高尾はイライラしているようです。

志乃もあきれたように扇子で口元を隠したまま顔をしかめました。


「何かあったんですか?」


お千代は昼間出かけていたので状況がわかりません。


「ああ、あれな。若高屋の岡の遊女が三田屋の遊女の旦那を寝取ったって騒ぎになって、寝取った若高屋の遊女が三田屋の柱に(くくり)りつけられて見世物にされたんだと」


「それで沖の遊女まで店同士の争いを始めたのよ。見苦しいったらありゃしない…」


よその店の客を奪うのは遊女同士の間ではご法度。

もし、そんなことになれば楼主さえも止められないという、遊女たちの仁義なき争いがはじまる――。


(とは聞いてましたが、これほどのものなのか……)


まだまだ私には分からないことがたくさんあると、お千代はつくづくそう思います。



順番決めの相談にでていた松野が、疲れた顔をして舟の中へ頭を突っ込みました。


「若高屋と三田屋は動きそうもないから、わたしらと吉屋だけで先行することになったよ。これは楼主たちが決めたことだから安心しな…」


「問題の茶屋からも許可がでたんですか?」

「ああ、『わしらじゃもう手に負えん――』って渋々だったよ」


「うちらは昨日と同じ直江屋だから順番は先でもいいじゃん」

「まあそうだけど、一応はね…。沖の遊女は店関係なく仲間だからさ」


松野はそういうと、頭を引っ込めました。



扇子で自分を仰ぎながら志乃はつぶやきます。


「松野姐さん、人がよすぎですわ」


「それでいいじゃねぇか、それがうちらの松野姐なんだからさ」

「…ですわね」


あははっと高尾が笑うと、志乃もつられてほほ笑んでいます。

 


その後、つた屋からの仕出しが舟に持ち込まれました。

昨日の宴会用の弁当ではなく、鍋やお(ひつ)などを持ち込んだやや豪華な夕餉(ゆうげ)のようでした。

もどってきた松野が弁蔵から仕出しを舟の入り口から受け取り、さらに高尾に手渡して舟の奥へと運んで行きます。


「明日からまた航海だからね。ここで一番の美味しい料理を食べてもらわないと」

「そうだよなぁ、海の上じゃ日持ちする物しか口に出来ないって愚痴ってるもん」

「餌付けして、よそに行かれないようにしませんとね」


姐遊女たちは、さっきの騒ぎからやや落ち着きを取り戻したようです。


「吉屋さんは自分とこの舟でうしろをついてくるそうだから、弁蔵、うちらの舟をだしてちょうだいな」


「ん」


桟橋から舟をつないでいた縄を外すと、弁蔵は波にゆられながら沖へ向けて舟を漕ぎはじめました。した。

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