ふたりで店巡り
それからふたりで福屋へ着くと、寅吉はあんこ餅を四つ買いました。
そして福屋の主人から『べっぴんさんも隅に置けないねぇ』とからかわれたりもしました。
また港に戻ってふたりで雁木に腰掛けると、海を眺めながら餅菓子を食べます。
「…美味いな、これ」
「でしょー。福屋のおじちゃんが、ちいさいころに食べた餅菓子が忘れられなくって、昔の味を思い出しながら作ったのがこのあんこ餅なんだって」
「この餅菓子を継承している人が、この港にはいなかったのか?」
「おじちゃんはここより東の大きな島から来たっていってたから、その島でならおじちゃんの思い出の餅菓子が食べられるかもしれないね」
「なるほど、神の島の餅菓子か」
ひとりで何か納得したような寅吉は、餅菓子を見つめてそういいました。
(ここより東に神の島ってあったっけ?)
お千代は自分の記憶にあるこの辺の地図を頭に描きました。
しかし思い当たることが何もないので餅菓子をぱくつきながら寅吉に聞いてみることにします。
「…神の島って、どこ?」
よこで餅菓子を食べ終えていた寅吉が目を丸くしました。
「大山積神を祀っている島のことだよ。有名じゃないのか?」
「なんか聞いたような聞かなかったような……」
「お千代、お前はこのくらいの教養は身につけろ。客からこの手の話を聞かれたらどうする。話もろくに出来ない遊女に客はつかんぞ」
「うぐっ」
さらりと毒舌をかまされてお千代は何も言えなくなる。
でも餅菓子はしっかりと食べつくしておりました。
その様子をみて寅吉は立ちあがると、お千代に手を差し出した。
「俺が物事について色々と教えてやるからついて来い」
「え、あ、うん…」
そういって寅吉の手をとって、今度はふたりで港町の店屋を見て回ることになりました。
最初に来たのが塩問屋です。
寅吉は店にある塩の値段をみていいました。
「やはり、ここは塩一升〔約1.5kg〕が三十文なんだ」
「安いよねぇ、うちの里だと40文前後くらいかな?」
「塩のない国の塩屋の値段は安くて六十文、高くて百文くらいするんだ」
「えっ、それって高くない!?」
「だから西廻り、北回りと呼ばれる航路の船は、内海の港の塩屋で大量に塩を買いつけて、塩が高値で売れる港に持っていくんだ。そして差額が売りあげになるんだよ」
「――ああ。そういうことなんだ」
(ただ物を遠くまで運んでるだけだと思ってたけど、物の値の違いでお金を稼いでいたなんて知らなかったなぁ。危険な航海しながらも、こうして物を運んでお金が高く貰えるから水主のみんなはがんばってるんだろうね…)
お千代が売買に関心を寄せていると、寅吉は木綿屋へ行こうと提案しました。
木綿屋は港からすこし奥に入った場所に店をかまえています。
とはいっても塩屋からそう距離は離れてないので、ちょっと歩いただけですぐにつきました。
店の中で寅吉は木綿には目もくれず、端のかごを指さして言いました。
「親父さん、この綿花はどこから来たのかい?」
「ここにあるのは備中の下津井〔岡山県南部に位置する港町〕からだよ」
「そうですか、ありがとう」
それだけ聞くと、寅吉は店の主人に礼を言うと表へ出ていきます。
今度は一体何なんだお千代は思いました。
「この綿花も値段が安いの?」
「まあ安いが、ここより下津井の木綿問屋で仕入れた方がさらに安い」
「そうなんだ。でもなんで木綿より綿花なの?」
「北の陸奥という国は寒くてね、冬に綿が重宝するんだよ。むこうは綿花が育ちにくいんだ」
「へえ…。綿が欲しくても自分ちの畑で育てられないって大変だよねぇ」
「その代わり、北では綿花の肥料になるニシンっていう魚ががたくさん採れるんだ」
「魚が肥料になるの?うちの里は山ばかりで海ほど魚取れないから、イマイチどんなものか分からない…」
「作り方は俺もよく知らないが、ニシンを肥料用に加工したものを鰊粕といって、それを俵に詰めたものを鰊俵というんだよ。うちの船は秋ごろにこれをたくさん船に積んでいて、下津井の専門の廻船問屋に売るそうだ」
「じゃあ北で作ったニシンの肥料を買って、それが欲しい港で売って、そのお金で綿花を買って北で売るのね」
「そういうことだ。それ以外のものは船頭と知工〔事務仕事の責任者〕が港で特産品をみながら考えてるらしい。だから廻船を仕事を生業にしている者は、立ち寄る港の物の流れや価値をすべて把握しないと務まらないんだ」
寅吉が生き生きとしながら熱心に、船の仕事について楽しそうに語る姿を見ていくうちに、
(――この人は本当に仕事が好きなんだろうな)
そう思いながらお千代は黙って話を聞いていました。
その後も色々な店を回りながらふたりで話をしていましたが、お昼をすぎるころにはお千代も仕事の準備に取り掛からないといけないので、船宿の並ぶ港で寅吉とお別れしました。
「何気なく見てる物も、価値のある物ない物。意外と安く手に入れる方法とかあるんだなぁ。もっと考えて買わなきゃ、今まですごく損してた気がするわ」
などとお千代は一端の商売人のようなことを口に出してつぶやいていたら、通りの近くの横路でばったり岡の遊女の初音と出会いました。
「あ、初音さん。こんにちは、今日はお買い物ですか?」
「…え、ええ」
「岡さんのところは昼からお仕事でしょう。大変ですね」
「あ、あい。……あの」
初音は何か言いたそうに口をもごもごさせています。
そのようすにお千代は気になってしまい、率直に聞いてみることにしたのでした。
「初音さん、私に何かご用ですか?」
「――はい」
青い顔をさらに青くしながら、初音はボソボソと話し始めました。
「…お千代さん、先程の殿方とお知り合いでありんしょうか?」
「え、ああ。昨晩の私の旦那さんですよ」
お千代がそういうと、初音はびっくりした顔をします。
「…実はわっち、あの方に叱られまして……」
「偏屈な人だからね。私は最初に売女っていやみを言われたよ」
「それは酷いでありんすね…」
「口から猛毒を吐くときがあるけど、面白い人だよ」
「…そう何だぇ 」
そういうと初音はぽろぽろと涙をこぼしました。




