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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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ふたりの結末:其の三

「話にならん……」


寅吉は夜着を引っ掛けて再びお千代に背を向けて寝はじめた。

お千代もまた彼のとなりに入り込む。


しばらくふたりの間には気まずい沈黙が続く――。


眠ってはいない。

安心して暗闇に身を任せられるような雰囲気ではなかった。


手詰まり感が頭をよぎる。

どうすれば頑なになっている寅吉の本音を聞くことができるのだろう。

正直、お千代は彼が何を言っているのか分からなかった。


(女に体を触れさせると吐くぐらいに嫌いで、抱くことすらできないクセに、私の体には触れたいのは何故?)


いろんな心の痛みを抱えてすぎて、その理由をこちらに話すこともなく壁を作るから困る。

たまにポロッとこぼすこともあるが、それでもまだかなりの心の重しをひとりで背負っている様子だ。


(そりゃあ言いたくないことの一つや二つはあるだろうけど、人に話して楽になるような事柄なら、全部吐き出して楽になればいいのに……)


本心から人に言えないことを無理に聞きたいワケじゃない。

もう少しちゃんと会話が成立する相手なら、こんなに苦労はしないんだけどなぁ、――とお千代は小さくため息をつく。


男女の関係は欲してないが、心は欲しい。

そこに何の意味があるのだろうか?


(ほかの旦那さんみたいに体だけを望まれている方が、分かりやすくていいんだけどなぁ……)


客の中には、たまに遊びで口説かれることがある。

本音ではなく、その場の勢いのような常套句。

絵空事だと分かっているから心に響かない。

ただ、お互いに楽しく過ごすための会話だと思っている。


それは気持ちに余裕があるから気軽に話せることであって、今の寅吉にはそんな余裕もなく、どんな言葉も真っ向からかみついてくる。



(ほんっとーに面倒な(ひと)だ!)


手持ち無沙汰なお千代は、背を向けている寅吉に抱きついてみる。

反応はない。

仕方がないので薄い下着の上から腹の辺りをくすぐってみた。


「や、やめろ!くすぐったい!!」


不意を突かれた寅吉は、とっさにお千代の手を払いのけて起き上がる。

お千代にくすぐられた腹の辺りをさすりながら、寅吉は肩越しに彼女の方を見据えた。


「……何だよ」


「あのね、私は寅吉さんみたいに頭が良くないから、あなたが何を私に伝えたいのかが分からないの。ちゃんと私が分かるように話してよ」


「もういいって――」


寅吉が話し終える前にお千代も夜着から抜け出して、彼の唇に人差し指を押し当てた。


「そういう投げやりな態度はやめて!話し合いを放棄するのは卑怯だよ」


真顔でお千代がそう口にすると、寅吉は渋々と彼女に向き合う。

かなり不満げな顔つきだが、それでも話し合いをする意思はあるということで、彼の唇から指を離す。


「で、何がいいたい」


「だ、か、ら、最初っからケンカ腰にならないの!もっと穏やかに!」


「あー、メンドクセーなぁ」


首筋を掻きながら嫌そうに寅吉は答える。


――本当に、本当に、あなたの方が面倒だ!

と思いながらも、お千代は口の端を震わせて笑顔を作ってみせた。


「まずは私から言うけど、寅吉さんは私に何を望んでいるの?私と床を共にしたいのなら引き受けるよ。仕事だもん」


「はあ?さっきも言ったが、俺は女が、とくに遊女に体を触られるのが嫌いだ。吐くほど女を抱けないのは知ってるだろ!?」


「それじゃあ、どうして私の体を触りたいと思うの?」


「それは――」


寅吉が言葉を引っ込めて押し黙る。


あれこれと考えているような顔つきで、口元に手をあてながらも思案を続けていた。

彼は彼なりに真面目に物事を考えてくれているようで、お千代がほっと一安心していると、いきなり寅吉が抱きしめてきたのだ。


「えっ、ちょっと、寅吉さん?」


驚いたお千代が問いかける。


「俺はただ、……こうしたかっただけだ。――それでもお前は嫌だと思うのか?」


「ええっ」


思いもよらない寅吉の言葉にお千代は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。


お千代は昨晩のようなことをされるのがイヤだと伝えたつもりだった。

むやみに体を弄ばれるのがイヤなのだと……。


変な勘違いをさせてしまったようで、なんだか心苦しくなってしまう。

何せ、彼が考えに考え抜いた行動がこれなのだからと、お千代はそっと寅吉を抱きしめ返す。


「悩ませるようなことを言って、ごめんね。こういうことなら大丈夫だよ。……ただ、昨日の夜みたいなことはしないで欲しい」


「――分かった。それならお前も昨日のようなことは絶対にやめろよ」


「うん。もう、しない」


寅吉がより強くお千代を抱きしめる手に力を込めると、彼女もまた同じように強く抱きしめ返した。


互いに相手の体温を感じ合う。

すると妙な安心感にかられて離れづらくなってしまった。

それでもお千代はもっとも核心的なことを寅吉に問うことに決めたのだ。


「寅吉さんの一番深い心の傷を、私にくれませんか?」


お千代の言葉にビクッと寅吉の身体が震える。


「私の一番深い心の傷が欲しいというなら、あなたも私に渡すべきだと思うの」


急激に寅吉の体温が下がっていくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていくことにお千代は気づく。

ここで彼がどんな発言や行動を取るのかを、今度はお千代が冷静に見極めようとしているのだった。

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