ふたりの結末:其の一
昨日と同じ場所に連れて来られた寅吉の行動に、お千代は驚きを隠しきれずにいた。
「……どうして、私を買ったの?」
「どうしてって着物の礼だが、買わない方が良かったのか」
寅吉が先ほど弁蔵にも礼の金を握らせたように、お千代にも彼女を買うということで礼をしたのだという。
「でも着物は乾かなかったから、今日は持ってこれなかったよ」
「それはまた今度でいい。上方に行けば安く古着が手に入るからな」
「うん……、分かった」
ちょっと複雑な顔をするお千代に『まあ、座れ』と寅吉は指示する。
彼も何やら考えていることがあるようで、妙に真面目ぶった表情になっていた。
昨日今日と寅吉とは色々な場面で会って話して、時には傷つけ合うこともあり、もうお互いに十分ただならぬ関係を築き上げてきた。
だからこそ、突拍子もない答えを導き出したのかもしれない……。
寅吉は何故かすこし顔をしかめながら口を開いた。
「昨晩も言ったがちょっとここのところ、やたらと男女関係を周りから押し付けられてウンザリしてた。今日も遊女茶屋へ押し込められたり、連れて歩かされたりと散々な目に合っている」
「ほかの男の人なら悦びそうなことなのにねぇ」
「みんなそういうが、――俺はガキのときに色里にいたんだ。そこの遊女たちに玩具にされて以来、遊女どころか女に嫌悪感しかない」
「……あ」
なるほど、とお千代は理解する。
遊女が嫌いなクセに、やたらと遊女に詳しいところなんかとくに――。
だが、どうして色里にいたのかなどは口にしてはいけないと思った。
その理由は簡単に想像できるからだ。
分かりやすく動揺するお千代を眺めていた寅吉だったが、一呼吸おいて自分の今の気持ちを語りだす。
「しかし、お前相手だと多少はマシにはなってきた。近くにいても嫌な気分はしない」
「それは私が『素人娘』と呼ばれるほどに遊女らしくないから?」
「又助さんが言ったことを、まだ根にもってたのか……」
「これでも遊女として頑張ってるんです」
寅吉は頬を膨らませて抗議するお千代の手に触れる。
指の腹で軽く撫でることで何かを確認しているようだった。
こそばゆさを感じながらもお千代は、寅吉が口を開くまで黙っている。
つぎに寅吉は神妙な顔つきで、そっと優しく彼女を抱きしめた。
びっくりしたお千代は『ひゃう』と声をあげる。
「この程度の接触なら大丈夫だな」
「どうしたの?寅吉さん!?」
「何というか、ただ試してみたくなってな」
「ちょっと、昨日のようなことはヤダよ!」
「ふだんはあんなこと以上のことをしてるんだろ?何故、俺のときは嫌がる!?」
「それは――」
何でだろう?
寅吉の指摘で初めて気づいた。
彼が言う通り、ふだんは客の男が自分の身体をどう扱おうとも気にはしない。
遊女だから、旦那さんだから、仕事だから、――仕方ない。
そんなあきらめにも似た感情を受け入れてきたので、男に触れられることを疑問に思うこともなかった。
しかし寅吉にいいようにされるのは嫌だと思う感情が、お千代の心にいつの間にかに入り込んでいた。
だけど、それは彼のことすべてが嫌いだからというワケではない。
寧ろ一定の好意はよせている。
「……寅吉さんだけには、ほかの旦那さんたちのように扱ってほしくはないんだと、――思う」
「金で買われている遊女のクセに?」
「そういう言い方もイヤ」
お千代が怒ったようにそっぽを向くと、寅吉はワケ分からんと言いたげな表情で彼女から離れた。
「男に体を触れられるのが嫌いなお前が、本当にどうして遊女になろうと思ったんだ?」
「……家から、里から逃げ出すためには、それ以外の道がなかったから。前にも言ったけど、遊女になったことには後悔はしてないよ」
何かを隠すように無理やりな笑顔を作るお千代の頬を、寅吉はグイッとやや強めに引っ張った。
「痛い、痛い!」
「どうして家から逃げた?親兄弟もいただろう??みんな死んだというワケじゃないだろ!?」
「みんな死んだの!誰もいなくなったの!!」
自分の頬をつまむ寅吉の指をはねのけてお千代が叫ぶ。
寅吉は涙目になっている彼女をじっと見据えて言うのだ。
「――サヨ。だったか?あの三郎とかいう名の男が、昔ご執心だったっていう女が関係してるだろう?」
「……ち、違う!」
言葉を詰まらせながらもお千代は否定する。
そして、その場から逃げようと彼女は立ち上がろうとした。
が、いとも簡単に寅吉に床へと押さえ込まれたのだった。
「お前がずっと前に”鬼”と言っていたのが、そのサヨという女のことだろ?――家にも里にも居られなくなった原因は、その女なんだろ!?」
寅吉の顔はいたって冷静だが、瞳の奥底で燃え上がる炎がみえる。
彼は本気でお千代の心に足を踏み込んできたのだ。
――怖い。
お千代は目を大きく見開いて、顔を歪ませながら頭を左右に振る。
しかし心の中で一番大きな傷のかさぶたを、じわじわと剥がすような言葉を寅吉はさらに放つ。
「サヨって女は、初音とか言う遊女みたいに容姿が良くて、男を手玉にとるのが得意だったんだろ?そしてお前に近しい男どもは、みんなお前から離れていった。まぁ、そんなところか……」
口を閉ざしてガクガクと震えるお千代を押さえつけていた手の力を、寅吉はさらに強める。
「さて、ここから本題だ。この先の話はお千代、お前の口から聞きたい。だが、無理に言う必要もない。お前の心を切り売りするんだ、この決定権はお前にある」
それだけ言うと、寅吉はあっさりお千代を開放した。
しかし自由になったはずの彼女は、床から体を起こすことが出来ずにいた。




