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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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夕暮れの三郎

三郎に気づいたお千代は、ちらりと横目で確認したあと何もなかったように目線をどんぶりに戻した。

そんなお千代の態度に三郎は気まずい顔をしたが、意を決したかのように彼女の隣に座る。


どう話しかけたらよいものかと思案している三郎をよそに、お千代はひたすらうどんをすすっている。


もはやあまりいい印象を持たれていない上に、幼なじみだからと言って都合のいい時だけ頼ってくるなと釘を刺されていたが、それでも頼ってしまう自分の弱さに嫌気がさしながらも、お千代から聞かなければならない――、と三郎は唇を震わせながらも言葉を発する。


「……あ、あのな、…つ、つるに聞きたいことがあってな」


「初音さんのことなら、自分で聞きなよ」


「それは、そうなんだけど……」


お千代にぴしゃりと断られるが、口をもごもごとさせながらも三郎は逃げない。

顔は死人のように土色になっている様子から、あのことがあってから仕事に身が入らず、ずっと初音のことを考えていたのだろう……。


三郎はすこし冷たい海風を浴びながら、真剣な面持ちでお千代にいうのだ。


「なあ、初音を身請けするには、……いくらかかると思う?」


そのせりふをお千代は耳にして、思わず口の中のうどんを吐き出しそうになった。

ごふごふと気管に入った汁を追い出すように強い咳が出る。


自分の発言に驚いてむせているお千代を目の当たりにして、汗をダラダラと流しながらも三郎は深刻な表情をしていた。


お千代は小さく息を吸って吐くと、どんぶりの汁を一気に飲み干す。

そしてどんぶりをひざに置くと、突如三郎の方へ彼女は顔を向けた。


「そんな夢みたいなこと言ってないで、もっと自分に見合う女探せよ。ばーか!」


お千代は怒りと笑いを合わせたような顔つきで三郎に答える。

だが、それでも三郎は目をそらさずに言葉を紡いだ。


「……つるの言うことは至極当然だと思う。オレだって自分の給金で手が届くなんて思うほど世間知らずじゃない。――だからこそ、同じ遊女であるお前の口から聞きたいんだ」


「……そう」


幼なじみではなく、初音と同じ遊女という枠ならいいだろうと三郎は言うのだ。

別にそれなら構わないとお千代も思う。


――たぶん、現実的な値を知らないと、先に進めないのだろう。



三郎は今までも自分の理想的の中でのサヨを追い求めて、そして真実を知って挫折して、夢を売る遊女の初音に懸想して、再び彼女の現状を知って挫折しかかっている。


ここでポキリと折れてまたほかの女に走るか、――給金を全部吸い取られながらも初音を追うか。

これからの自分のあり方に迷いを感じているようだった。


初音が好きなら、そのまま買い続ければいいんじゃない?


なんて無責任なことは口にはできない。

そこまでお千代は鬼にはなれなかった。


寅吉がつい一刻半前に、お千代のとった行動の大半は三郎のためにやったことだと見抜いたときと同じ事で、彼女は完全に三郎を突き放すことが出来ないでいた。

お千代もまた、元来から人が良すぎる性分なのだ。



その場から腰をあげ、お千代はどんぶりを屋台のおじさんに返し、再び三郎のとなりに座る。

夕暮れの海を眺めながら彼女はつぶやいた。


「初音さんはね、鞍替えしてこの島に来たんだよ。きっと前の廓でそんなに売れなくて借金だけが増えたんだろうね。そしてここの茶屋(みせ)に買われてさらに借金が増えて、その上しばらくは売れなかったそうだよ」


「――あの、初音が、か?」


「前の廓で大夫になるように金をかけてもらったようだから、たぶん……茶屋の誰よりも抱えてる借金が多いと思うよ」


三郎はごくりと息を飲む。

自分で考えてた以上に大金が動いているであろう話だからだ。


「今はやっと大金を落とす旦那さんがついて、上見世にのぼり、つぎは部屋持ちって順当に遊女としての格が上がってるけど、――その所為でまた借金が増えるんだよね」


「えっ!?どうしてなんだ??」


「遊女として格が上がると、身の回りのものすべて格に見合った上等な物を用意しないといけないからだよ。あと、妹分になる禿をあてがわれると、その()たちに必要なものも姐遊女として買い与えなくちゃいけなくなる。……それが男たちに夢を売る茶屋の遊女たちの実態だよ」


「……それじゃあ借金が減らないじゃないか。何故、遊女たちはそれを良しとしているんだ………」


三郎は本当のサヨのことを聞かされたときと同じように、信じられないと首をよこに振る。

本当に死んでしまいそうなくらいに気落ちしている三郎のおでこを、お千代は容赦なく指で弾いた。


「――いたっ」


「幼いころに親に売られてからずっと、遊女茶屋や廓で育った遊女たちに帰る場所なんてないんだよ。好きで良しとしてるんじゃない。……仕方ないんだよ、そういう生き方しか出来ないんだよ」


お千代の悲痛な言葉に、三郎はおでこをさすりながらハッとする。

彼女は立ち上がると静かに寺の裏山を指さした。


「あの辺りにこの島で死んでいった遊女たちの墓があるそうだよ。石が積んであるだけで、誰のものか分からないけどね……。借金を苦に自ら命を絶った者や病気で亡くなった者、客の子を孕んで流したことから命を落とした者などたくさん………、遊女たちがみんなそこで眠ってるんだ」


三郎も立ちあがると、お千代が指さす場所の方向に目をやる。


「――初音さんが運よく年季を明けることが出来ても借金が残っていたら、また別のところへ売られていくと思うよ。命がある限り、ね」


「そっか……」


「だから、三郎……、あんたは自分の手に届く女を探しなよ。よほどの大店か身分の高い侍のご隠居の旦那くらいじゃなきゃ、――初音さんには、届かないよ」


「………」


自分の知らなかった遊女の裏側をのぞいた気分になり、三郎はしばらく薄暗くなってゆく海を見つめたあと、体に力が入らないような足つきでよろよろと住処へと帰って行った。

そんな三郎を見送りながらお千代は、ほんの少し心にこびり付いていたしこりが小さくなっていくような気がしました。

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