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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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自傷

餅菓子屋の福屋に着くと寅吉はあんこ餅をいくらか買い、それからお千代を引っ張って住吉神社の近くにある波止場までやって来た。


寅吉は餅菓子の包みを開いてお千代に差し出す。

彼女はすこし唖然とした顔をしていたが、困った顔をして手をよこに振る。


「ちょっと前にも食べたからいいよ」


「この俺が施しをしてやってんだ。遠慮なく食っとけ」


「……うん」


渋々お千代はあんこ餅を口にする。

お腹はそれほど空いてはいない。

いつもは美味しい餅菓子なのに、今は味のない粘土のような食感が口の中で転がる。

それでも無理やり飲みこむが、ふたつ目にまでは手は動きそうになかった。


しょぼくれているお千代の様子を横目で見ながら、寅吉はあんこ餅に食らいついていた。


お千代は穏やかな海を眺めながら口を動かす。


「今日は嫌なことばっかりだなぁ……」


足元の小石を蹴って海に落とし、水面の波紋を無表情にじっと見つめていた。

寅吉は餅菓子を食べ終わると、あきれたような顔つきでお千代にいう。


「自分から嫌なことを作っただけだろ。どうしていつもお前は自らを傷付けようとするんだ?」


「私、そんなことしてない」


また小石を蹴りながらお千代は寅吉の言葉を否定する。

だがおもむろに不機嫌な顔をするのは、彼女自身で『そうだ』と認めているようなものだと彼は思う。


「だったら、何故俺の争いごとに首を突っ込んできた。素通りしておけばよかっただろう?」


「それは初音さんのために――」


「違うな。その女に熱を上げてた男のためだろ?見知った仲なんだろ?」


「そんなことない!」


お千代はカッとなって寅吉の顔を睨む。

しかし、彼はあきれたような声で言うのだ。


「そういうところが分かりやすいんだよ。お前がムキになればなるほど、助けたいと思えるくらいなヤツなんだろうと見え見えだ」


「ち、違う!違う!違う!私は、三郎なんか助けたいとは思わなかった!!」


「アイツが、……これ以上あの遊女に関わらないように、ワザとキツイ言葉で追払ったようにしか俺にはみえなかったぞ」


それでもお千代は違う!違う!とくり返すだけだ。


「あの遊女は来年に上見世に上がるんだろ?少なくとも座敷に上がれば二分金だ。ただ揚げるだけでも一分銀以上の値になる。アイツの格好からして浜仲仕のようだし、給金なんざ一年働いて二両ぐらいが関の山。――可哀想だが、ここが引き時だよな」



下見世の遊女のときは、人夫であっても頻繁には無理だが、そこそこのお金で遊女を買うことができたが、上見世の遊女は商人やそれなりの武家の者、また羽振りの良い船頭などの水主が客層となり、金払いのいい宴会を好む上客という幹が付けば安泰になる。


宴会はないが頻繁に足を運ぶ枝となる馴染み客が多ければ多いほど儲けも跳ね上がり、小枝にもならない金のない人夫が切り捨てられるのは花街ではよくあることだ。


そのため茶屋も上見世に上がった遊女の馴染み客を下見世の遊女に付け替える。

酔狂な下仕事の奉公人や人夫は、年に一度か二度の女遊びのために金を貯めて上見世の遊女を一刻買う者もいるが、大抵は遊女を替えるか非公認の女で済ませていた。


元々多くの人夫は、花街の引きこみ宿の近くでたむろする茶屋に所属しない手頃な遊女を買う。

もっと安い女が欲しければ港町から少し離れた場所で、ムシロを片手に近隣の食うに困った女たちが客を取っていた。


花街で遊女を買う人夫は、まさに夢を買っているようなものである。

しかし夢を買い続けることは出来ない。



だから三郎に対して、初音をサヨに見立てて夢を見続けるのはダメだとお千代は言ったんだと寅吉は思っている。


「……寅吉さんは勘違いしてる。三郎のことはどうでもいいって思ってるし、初音さんに入れあげて、バカみたいって思ってたんだ。」


「本当にどうでもいいヤツのことを気にかけるはずがない。心が残ってるから気になる。そうだろ?」


「………」


「それにあの下衆な若い衆ですら無下に出来ないから、ああしてあの場を収める手伝いをしたんだろ?」


お千代はその場に座ると耳を塞ぐ。

もう何も聞きたくはない、という意思表示のようだった。


石のように丸くなったお千代を寅吉は後ろから抱き上げる。

そしてそのまま岸の方まで歩きだした。

びっくりしたお千代は体をよじって抵抗する。


「ちょっと、やめてよ」


「はははっ、そいつは無理だ。怖そうな女とおっさんがお前を待ってるようだからな」


「……えっ?」


お千代が顔をあげると波止場の入り口付近に、松野と弁蔵が立っているのが見えた。

寅吉はそのまま彼女をふたりの前まで運ぶ。


とくに弁蔵は何も口にしなかったが、松野は『遅い!さっさと湯屋に行くよ!!』とお千代の手をつかんでおなごやへと引きずって行く。

その光景を小さく息を吐きながら寅吉は見送った。


用は済んだと彼がその場から離れようとしたときに、不意に弁蔵が言葉を投げかけてきた。


「茶屋から話は聞いている。――しかし、今日のようにうちの遊女をむやみに振り回すのはやめてくれ」


「ん、それは金を払えってことか?」


「そうではないが、遊女ってもんはふとした拍子に何をしでかすか分からんのでな……」


「死にたいヤツは遅かれ早かれ死ぬもんだ。ま、茶屋としては金を回収してからにしてくれってことか」


寅吉はゲラゲラと笑いながらそういうと、弁蔵のよこを通りすぎて行った。


「……青いな」


若い男にありがちな無鉄砲な言いように、弁蔵ははぁっとため息をついてうんざりしたよう顔をする。

それでも客は客だからと、それ以上引き留めることもなく自分の家に戻るのだった。

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