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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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弥彦の苦悩

まず睨み合う男ふたりをよそに、弥彦は青い顔の初音の手を引いて距離を取った。

そして角帯にはさんでいた手拭いを手にすると、それを使って涙目の小波を後ろ手に拘束して初音のよこに座らせる。


ふっと小さく息を吐くと、弥彦はつぎの行動を静かに考える。

一方はこの近辺で荷運びを生業にしている浜仲仕、もう一方は各地を船で廻り荷の上げ下げをしている水主。

どちらともにそれなりに背も高く体格がよい。


その間に割って入って仲裁することは、小柄で優男の弥彦には荷が重すぎるのだった。


さらに茶屋の遊女である初音の身の安全も確保しなければならない。

ついでに小波ついても、これ以上いらぬ傷をつけては今日の仕事に差し障ると思案する。


とりあえず弥彦は、遠くから声をかけることにした。


「あの旦那さん方、人目も多くなりましたので、その辺でお互い引いていただけないでしょうか?」


その声を耳にした寅吉は、ギロリと鋭い目つきで弥彦をみる。


「悪いが、売られたケンカは買う(たち)なんでな。それに誰に見られようとも俺は別に構わん」


「いや、あの……。僕らの方が困るんですよォ」


「そんなこと、俺の知ったことか!」


(うがーっ!そりゃこの港町に住んでるわけない水主だから言えるんだよ!!)


弥彦はそう怒鳴りそうになるのを、歯を食いしばりながら自分の中に抑え込む。

対して三郎は腕には自信があるのか、寅吉から目を離さず強く拳をにぎり構えていた。


「オレもここで引く気はない。初音のためにも!」


「うちの遊女は関係ないです。そういうの本当に困りますから!」


(こいつはこいつで何なんだよ!!)


心の中でそう叫びながらも必死に耐える。



下手に騒ぎを大きくして萩屋に迷惑がかかることを懸念している弥彦は、もう男ふたりを放っておいて逃げたくなってきていた。

一刻ほど寅吉と初音を歩かせるという任務だったが、小波と三郎の襲来でそれどころではない状況に陥ってしまっている。


小波はともかく、初音はここで遊女としての名声に傷をつけることはできない。


彼女を近い将来格のある上級遊女に育てあげ、茶屋の利益に貢献する逸材にしなければならない。

くら替えしたことで初音が背負う借金は、ほかの遊女と比べものにならないくらいの金額になっていた。

当然、茶屋としてはその借金に上乗せした金額を稼がせなければ採算がとれない。


「初音さん、ご気分はよろしいですか?」


「………」


弥彦の言葉に初音は無言で首をよこに振る。


遊郭育ちの初音は、男たちが争う場面に立ち会ったことがあまりない。

それにくら替えするまでは日常的に客に怒鳴られていたことで、彼女は身も心も萎縮していたが、この港町の遊女茶屋では、女将さんらの助けもあってなんとかその状態から立ち直りつつあった。

だが、完全に治ったというわけではない。


未だに怯えて硬直している初音を遠くへ移動させることはできないと判断した弥彦は、目をきょろきょろと動かし、周囲のやじ馬たちの状況を確認する。


まだ観客はまばらのようで弥彦がひと安心していると、ついに男たちは動きだした。


先手は三郎で真正面に立っている寅吉の腹に、昨日のお礼だと一発叩きこんだ。

どうだと言わんばかりに三郎が顔をほころばせていたが、寅吉はちょっと顔を歪めただけで、こんなものかと言いたげに左右の肩と首を動かす。



それまで何の言葉も発しなかった小波が、目を大きくして恐る恐る口を開いた。


「アイツら、……一体、何やってるの?」


「海の男は荒っぽい方が多いんですよ。あなたが将来性のある男を見たら媚を売りたくなるくらいに」


「それ、今、全然関係ないわよ!」


ぎゃあぎゃあと吠える小波を無視して、弥彦は手づまりな状態でケンカを見つめている。

これから本格的な殴り合いに突入するか、と周りがざわめきだしていた。



(ああ、やだなぁ……)


勘弁してくれと弥彦は叫びたくなる。

顔を手で覆いながら打開策がないか思考をめぐらせる。

それでもこんな状況の中では、コレだと思える策へは手が届きそうもない――。


「もう、いい加減にしてくれよ……」


弥彦は思考が追い付かず、苦しさのあまりに思わず本音を漏らしてしまった。


「弥彦さんも大変ですねぇ。これ食べますか?」


「えっ?」


福屋のあんこ餅を目の前に差し出される。

見物人に混じってお千代が餅菓子を頬張りながら、のんきに男同士のケンカを眺めていた。


「……すいませんお千代さん。今はそんなものを口にする余裕はないです」


「そう?でも、どうしてあのふたりがケンカをはじめたの??」


「何かお互い因縁があったようで……」


「へ~」


お千代は軽く弥彦の話を聞いたあとで、この世の終わりのような顔つきをしていた初音のところへ向かう。


「初音さん、怖いの?」


お千代がそうたずねると、初音は真っ青な顔で首をこくんとたてに振る。

うんうんそうだねとお千代は彼女の肩を叩く。


「でも、来年から上級遊女へ昇格するなら、このくらいで怖がってちゃダメだよ。初音さん気を強く持ってがんばってみよう?」


「……あい」


お千代に諭された初音は、深く深呼吸して強張った身体の力を抜いた。

そんな彼女の手をお千代はしっかりとにぎる。


「これまで努力してきたんだもの。今だってがんばれるはずだよ」


「あい。もう情けない顔は晒しんせん」


「そうそう、その意気だよ」


初音は汗ばんだ笑顔で答え、お千代も笑顔で応援した。

その様子をチラ見しながら弥彦は大きく安堵の息を吐く。



心の平穏を取り戻した初音をお千代が確認すると、今度は男たちの元へスタスタと歩いて行き、ふたりの顔に思いっきり平手打ちした。


突然のお千代の乱入に、寅吉と三郎は唖然とする。

騒がしかった周りの観客たちも、しーんと静まり返った。


お千代は三郎に向かってゆびを指す。


「三郎、あんた仕事そっちのけで何やってるの!?」


「……つる」


三郎はお千代の言葉より、平手打ちを食らったことに動揺したのか、三歩ほど後ずさりした。

つぎに彼女は寅吉をゆび指す。


「寅吉さん、むやみにケンカの売り買いはしない!あと、初音さんを怖がらせないで!!」


「そんなこと、お前に言われる筋合いはない」


寅吉はうで組みをし、怫然(ふつぜん)とした態度をとる。

だが、お千代が彼の近くに寄ると小声で言うのだ。


「ふ~ん。じゃあ、またここで吐きたくなるようなことを、してみよっか?」


「――ふ、ふざけんな!!」


顔を紅潮させて寅吉は怒鳴るが、お千代はニヤニヤとすごくいい笑顔で彼を見つめるのだった。

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