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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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寅吉と弥彦:其の二

「――あれだけのことを言っておきながら、今の状況は何だ」


「また遊女と部屋に押し込められなかっただけでもよかったじゃないですか」


「又助さんたちを説得してこんな馬鹿げたことを止めさせるのかと思っていたが、なんで今度は遊女を引き連れて歩かにゃなんねェんだ」


「これでもだいぶ譲歩させたんですから、少しくらいは感謝してくださいよ」


あれから寅吉と弥彦は萩屋に戻ったのだが、今度は遊女を連れて港町を歩いて来いと命令されたのである。

キレイな女を引き連れて、男としての優越感を学べということらしい……。



「こんなに幅の狭い通りで花魁道中やれってことか、……やっぱり女に狂ってるヤツの考えることは理解できん」


「上方などの大きな花街のことは分かりませんが、港町には港町なりの花魁道中があります。この度は遊女と(ねや)をともにする時間を外に出歩くことにあてているの、でそれとはまた違いますよ」


「……あの、わっちはお邪魔でしたかぇ?」


先頭を行く寅吉のよこに艶やかな装いの初音、その後ろに弥彦が控えていた。

恥ずかしそうに顔を赤らめて寅吉の言葉にビクビクしている初音は、やはり彼が苦手な様子だった。



はじめは歩くだけならいいかと納得はしていたが、見目のよい初音をよこにして歩いていると、嫌でも周囲の視線がこちらに突き刺さってくる。


とくにこの港町は遊女に寛大な土地柄の所為か、『よう兄ちゃん、べっぴんさん引き連れて羨ましいねぇ』などと冷やかしの声までかけられる始末――。


「旦那さん。うちの初音さんは今、人気がうなぎのぼりの遊女なんですよ。これを機会にぜひとも贔屓にしていただけませんか?」


「お前、張り倒されたくなかったら、今後そんなふざけた口を聞くな」


「それは勘弁してください。まあ時間はまだありますから、今すぐお決めにならずともよろしいですよ」


「……たくっ」


嫌味な上に食えないヤツだと思いながらも、とにかく一刻だけの我慢だと寅吉はこらえる。


となりにいる遊女は大人しい女だから、このまま放置しておけばよいと見切りをつけ、適当にそこいら辺をぶらついていればいいさと高を(くく)っていた。


「こちらの方はお千代さんの旦那さまでありんしょう?弥彦さん、不義理なことを言ってはいけんせん」


初音は複雑な表情で、弥彦に注意をうながす。


「旦那さんの船での身分が上がれば岡の遊女を買うことが出来ますし、沖の遊女の客を岡の遊女に宛がうことはどこの茶屋でも行っていることですから」


「――でも………」


お千代と仲の良い初音は、この話に乗り気ではないようだった。

だが若い衆の弥彦は、先のことを考えて初音の客にしておきたいと思っている。


ふたりの会話がワザとなのか何なのか知る由もないが、弥彦はためらいもなくあけすけに話題にするので、寅吉は頭の中ではどうしようもないくらいにイライラした気持ちが高まってきていた。



三者三様の思惑が入り乱れる中、廻船問屋が連なる西の港の通りにでると、丁度そこへ化粧をし仕事着のままの小波が現れたのだ。

彼女は寅吉の斜め前にちょこんと立つと、ジロジロと品定めをするように目を走らせる。


何だこのチビと寅吉が(いぶか)しげに小波を見下ろすと、初音の反対側に近寄って来て、彼の腕に自分の腕をからませてきたのだ。


とっさに寅吉が小波がからんできた腕を強く払うと、彼女の小さな体がコロンとよこに倒れながら一回転した。

地面に転がった小波は何が起きたのか分からないようで、小声で『あれ?』と言う。


「このガキ!いきなり何するんだ!!」


倒れている小波に向けて今までのうっぷんをぶつけるように寅吉は怒鳴り散らした。

慌てて弥彦が彼の前に出てきて頭を下げる。


「申し訳ありません、うちの者が大変なご迷惑をかけました」


「……こんな子供まで売ってるのかよ」


「いえいえ、小柄な女性なだけですので――」


これでも一応成人していると弥彦が口にすると、倒れていた小波が座り込んで泣きだした。


「ヒドイ、ヒドイよォ。アタシ何にも悪いことしてないのに~!」


びえ~びえ~と大泣きする小波をよそに、我関せずと寅吉はそっぽを向く。

初音はと言うと、小波を怒鳴りつけていた寅吉の声におどろき、また転がる小波をみて、恐怖のあまりにブルブルと震えていた。


道行く者たちが『何だ何だ』とざわつきはじめる。


面倒なことになったと弥彦は『う~ん』とうなると、小波のそばでしゃがんで泣いている彼女の耳元でこうささやいた。


「こちらの旦那さんは女の方が苦手なんです。だからあなたがどんなに気をひこうとして泣いても見向きもしませんよ。寧ろうっとおしく感じて逆効果ですね」


「――!」


すると、たちどころに小波は泣き止む。


取りあえず一手抑えてやれやれとため息をつきながら弥彦は立ちあがると、次の手として今度は顔を青くして固まって震えている初音のところへと足を向けようとしたとき、近くで作業をしていたと思われる三郎が仕事そっちのけで彼女の方へと駆けよってきたのだった。


「初音、どうしたんだ。顔色が悪いようだけど、何かあったのか?」


となりにいる寅吉に目もくれず、三郎は初音に声をかける。

弥彦は聞こえるか聞こえないくらいの音で舌打ちをし、穏やかな顔つきで三郎と初音の間に立つ。


「ただ今初音さんはこちらの旦那さんとご一緒されてますので、申し訳ありませんがお引き取りください」


「えっ、こいつが旦那!?」


「はい。あなたさまも初音さんをお求めでしたら、また日を改めて茶屋までお越しください」


心の中では三郎をうっとおしく思っているが、それを表に出さずに弥彦は丁寧な口調で彼から初音を引き離そうとする。


しかしここが勝機だと感じた小波が、すかさず寅吉に近寄り自分の可愛らしさを見せつけだしたのだ。


「ねえねえ、お兄さぁん。そこの女はあっちの男に任せてさ、ふたりでどっか行こうよ~」


くねくねとすり寄ろうとする小波を着物の襟首を片手でねじり上げ、寅吉は汚いものを扱うように強張った顔で海へと放り投げようとした。


「ヒィッ!」


「ちょ、ちょっと旦那さん!さすがに、それはダメです!落ち着いて、こらえてやってください!!」


予想外の展開に、小波が恐怖する。

余裕を失った弥彦は必死な形相で、静かに怒りを(たぎ)らせている寅吉を制止した。


その様子を見ていた三郎は、ハッと何かを思い出して声を上げる。


「お前、昨日オレにひざ蹴りして金を奪った男じゃないか!」


「……はあ?テメーらのくだらんケンカに巻き込んでおいて、人聞きの悪いこと言うな!」


寅吉は再び小波を地面に転がすと、初音を庇うように立つ三郎を見据える。

何故か一触即発な雰囲気が辺りを漂い始めた。


この危機をどうくぐり抜けるか、弥彦は彼らを見つめながら思案するしかなかった。

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