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エピローグ

『雪山の惨劇、その謎とは!?』

『旧財閥一族のドロドロ相続劇、あの日一体何があったのか?総力徹底解剖!』

『雪山の殺人鬼、ロッジキラーの正体とは!?』


 作業員達が休憩中に読み散らしたものだろうか、工事現場には週刊誌が散らばっている。

 その見出しの文字を目で追っては含み笑いを漏らした男は、きっちりとスーツを着込んで身形を整えている。

 その仕立てのいいスーツは、かなりの高級品だろう。

 こんな場所には似つかわしくない彼の姿に、現場の作業員達が怪訝そうにその姿を見詰めていた。


「サブさん、サブさん!おーい!!」


 その男は目当ての存在を見つけたのか、そちらへと一直線に向かっていく。

 ただでさえ目立つその男がどんどん近づいてきたことで、その場で作業していた作業員達はざわざわと騒ぎ始めていた。


「お、おい!サブ、お前呼ばれてるぞ!!」

「あぁ?何だよ!?今日はまだ、何もやらかしてないぞ!」

「いいから、ほら!行って来いって!」


 その男から声を掛けられた作業員は、どうやら作業に夢中なようでそれに反応を示さない。

 しかし周りの者達がそれをよしとはせずに、彼の身体を突っついては作業を一旦やめて、やってきた男に対応するように急かしていた。


「ちっ・・・何なんだよ。あっ、お前は・・・」

「お久しぶりです、サブさん。憶えていますか?匂坂幸也です」


 仲間達に執拗に促されて、無理矢理作業を中断させられた作業員、サブは面倒臭そうに振り返ると、首にかけた手ぬぐいで汗を拭っている。

 しかしそんな彼も、振り返った先に待っていた男の姿に、思わず言葉を失ってしまう。

 こちらへとやってきたサブに軽く頭を下げたのは、上等な身形に身を包んだ、匂坂幸也その人だった。


「忘れやしねぇよ。俺の組抜けに口添えしてくれたの、あれ・・・お前なんだろ?」

「はて・・・何の事でしょうか?」


 自分の事を憶えているかと薄く笑顔を浮かべながら尋ねてきた匂坂に、サブは皮肉げな笑みを浮かべると忘れる訳がないと返していた。

 サブは自分が組を足抜けして、堅気として生きられるのは彼のお陰だと語る。

 しかしそんなサブの言葉にも、匂坂は何の事か分からないと惚けた表情を見せていた。


「惚けんじゃねぇよ!相当うまくやってるって、聞いてるぜ?」

「はははっ、そうでもないですよ。遺産のほとんどは彼らに譲りましたから。ま、でも・・・一生遊んで暮らすには、十分過ぎる額は残りましたけど」

「はっ、十分じゃねぇか。それで、今日は何の用で来たんだ?思い出話に花を咲かせたかった訳でもねぇだろ?」


 一般人でしかなかった筈の匂坂が、サブの組抜けに口添え出来たのは、九条の遺産を相続したからだ。

 しかしその膨大な遺産は、一般人である彼には余りに大き過ぎる。

 そのためそのほとんどを手放してしまったと語る匂坂に、それこそがうまくやったのだとサブは彼の肩を叩いていた。


「えぇ・・・実は、そろそろ入り用かと思いまして。これを」

「・・・悪いが、そいつは受け取れねぇな。施しを受けるような、関係じゃねぇだろ?」


 何の用かと尋ねるサブに、匂坂は懐からそっと封筒を取り出していた。

 その中に現金が入っているとするならば、厚みから考えて三桁は優に超えているだろうそれに、サブは表情を顰めると、はっきりと受け取りを拒絶していた。


「貴方はそう言うでしょうね。ですがこれは、翔君のためのお金です。それでも受け取りを拒絶しますか?」

「ぐっ・・・嫌な言い方しやがるぜ。分かった分かった、分かりましたよ!受けとりゃいいんだろ!!」


 しかしサブのそんな振る舞いは、匂坂も最初から予想していたようで、彼は別のアプローチからそれを何とか受け取らせる口実を拵えてきていた。

 年頃の少年一人を養うには、工事現場の稼ぎだけでは苦しいだろう。

 今も一緒に暮らしている翔の事を持ち出されてはもはや逆らえないと、サブは悔しそうにそれを受け取っていた。


「ありがとうございます。それでは、僕はこれで」

「あぁ?本当にこれを渡しに来ただけかよ、忙しい奴だな・・・あぁ、そうだ。あいつはどうしたんだ、ほらあれ・・・飯野とかいった。あの子とはどうなったんだ?あの後、付き合ったんだろ?」


 封筒を渡すや否や、踵を返し引き返そうとする匂坂に、サブはある事を尋ねていた。

 それはあの時一緒に生き残った、飯野巡と匂坂の関係についてであった。


「・・・別れましたよ、あの後すぐに」


 飯野とのその後について尋ねられた匂坂は、一度足を止め、簡潔に事実だけを告げる。

 そうして彼は足早に、その場を立ち去っていってしまっていた。


「・・・ま、そんなもんだよな」


 若い二人のありがちな結末に、サブは嘆息を漏らすと受け取った封筒を大事そうに懐へと仕舞う。

 振り返り、作業へと戻ろうとした彼は、先ほどのやり取りに興味津々といった様子の同僚達の姿に、再び嘆息を漏らす。


「こりゃ、作業に戻れそうもねぇな」


 その呟きを聞いた者はいない。

 そしてそれを呟いた彼の姿も、わらわらと集まってくる作業員達の中に、すぐに見えなくなってしまっていた。




 タクシーを拾えばすぐの距離を、ブラブラと歩いていたのは、久しぶりにあった顔見知りに、気分がその頃のものに戻っていたからか。

 雑踏の中を歩く匂坂は、そのなんともいえない気分を一人自嘲しては僅かに笑みを漏らしていた。


「時間の無駄だな・・・タクシーを拾うにはどこが近い?向こうか?」


 この後もスケジュールは詰まっている。

 ならばこんな事をして遊んでいる暇はないと、思い直した匂坂は近くのタクシー乗り場はどこかと視線を巡らせる。

 急にその場に立ち止まり、辺りを見回している彼は、確かに往来の邪魔だろう。

 しかしそれにぶつかるような者は普通おらず、ほとんどの者は若干迷惑そうに顔を背けるだけだ。


「っ!すみません!・・・?何だ、これ?」


 しかしそんな彼に、ぶつかってくる者がいた。

 それは彼と同じような体格で、その容貌をフードで隠した男であった。

 往来で立ち止まってしまった迷惑に、思わず謝罪を告げたのはかつての習慣ゆえだろうか。

 しかしその胸に広がった痛みを知れば、もはやいつもの通りとはいかなかった。


「ははっ、はははっ、あははははっ!!やってやった、やってやったぞ!!」


 抜けた力に、冷たいアスファルトの感触が頬を撫でる頃、頭上から狂ったような声が聞こえてきていた。

 真実、それは狂っていたのだろう。

 フードを捲り、そこから露出したのは、焼け爛れ正視に耐えない醜い姿だ。


「俺は悪くない、悪くないからな!!!」


 その声がどこかで聞き覚えがあったとしても、もはやそんなことに何の意味はありはしない。

 匂坂は急激に遠のいていく意識に、サイレンの音を遠く、聞いていた。

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