そして復讐が始まる 2
「・・・これは家族の問題なの、他人は黙っていてもらえるかしら?」
「私は、要の妻です。それを他人扱いなんて、酷いんじゃないですか?ねぇ、一華さん?」
「あら、そうだったかしら?でも貴方は九条の者ではない、そうでしょう?」
「今は、『九条』椿子です。ねぇ、貴方?」
家族間の話し合いに割って入ってきた女性、椿子に対して不機嫌そうな表情を見せる一華は、他人は口を挟むなと冷たく言い放つ。
そんな彼女の言葉に、椿子は今は自分も九条の者だと堂々と宣言していた。
「う、うんまぁそうだね。でもこの事についてはちょっと・・・」
「ちょっと・・・何ですか、貴方?」
「いや、まぁ・・・何でもないかな。ははは・・・」
椿子の強気な態度は頼もしく思えても、これは一族の問題だと彼女を諭そうとした要はしかし、彼女のそのにっこりとした笑顔に、続けたかった言葉を飲み込んでしまう。
そんな彼の態度に、一華は静かに溜め息を漏らしていた。
「はぁ・・・そんなんだから、余所者がつけ上がるのよ。いい、兄さん?この事は家族の間で―――」
漏らした溜め息に鋭く絞った一華の瞳は、椿子へと向けられている。
それは懐柔しやすそうな要と違い、彼女の方が明らかに自分の障害となるからか。
一華はあからさまに彼女を無視するように顔を背けると、要に言い聞かせるように言葉を連ねようとしていた。
「恋君!恋君はどこ!!?」
その時、そんな彼女の言葉を打ち消すような大声が、荒れ狂う吹雪と共にこのロッジへと吹き込んでくる。
それは場違いなほどにキンキンと響き渡り、一華が試みようとした説得の言葉を掻き消してしまう。
「ちょっとあんた!何抜け駆けしてんのよ!!恋君!私よ、私!!下妻章子!!」
「あぁ!?あんたこそ、何出しゃばってんのよ!!ここを誰が特定したと思ってんの!?」
「はっ!私がいなけりゃ、ここまで来れなかったくせに!何、粋がってんのよ!!」
ロッジの扉を押し開けて、押し入ってきたのはどうやら一人の女性だけではなかったらしい。
絡み合うようにしてその出入り口で揉めている二人の女性は、同じ名前を叫んではきょろきょろと建物の中を見回している。
そんな二人の視線から逃れるように、物陰に隠れた男が一人、ここにいた。
「やっべー・・・あれ、章子ちゃんに静香だろ?マジかぁ・・・ほんとに来ちゃったかぁ・・・うっわー、どうしよどうしよ」
匂坂と共に物陰からロビーの様子を窺っていた滝原は今や、完全にそこへと隠れて頭を抱えてしまっていた。
今ロッジにやってきた二人の女性と、彼の言動を合わせて考えれば、彼が何故頭を抱えて唸ってしまっているのかは、火を見るまでもなく明らかだ。
そしてそんな最悪の状況は、今も尚進行している。
ロッジへと押し入ってきた二人の女性の言動に不審を感じた滝原の彼女、飯野が今まさに彼女達へと歩み寄ろうとしていた。
「はぁ・・・白けたわね。いいわ、この事はまた後で話しましょう。勿論、家族三人でね」
「えぇ、分かりました一華さん。その時は是非、私も同席させてもらいますね」
「ふん!」
家族間のドロドロとした会話に水を差す、若い女性の甲高い声に一華は溜め息を吐くと、白けてしまったと目を細める。
彼女は今更この話を続けることは出来ないと、次の機会での話し合いを提案していた。
それは家族三人だけの話し合いを強調していたが、椿子はにっこりと笑顔を作ると、堂々とそれにお邪魔すると言い切ってみせる。
そんな彼女の姿に一華は鼻を鳴らすと、身を翻しさっさとその場を後にしようとしていた。
「お、おい姉貴!部屋はあっちだぜ?」
「私は向こうの棟に泊まるわ。空いているのでしょう?・・・では、そういう事で」
その場を後にしようとしている一華に、力也が慌てて呼び止める。
そんな彼の言葉に一華は一瞥だけを残すと、さっさとその場を後にしてしまっていた。
「はぁ・・・協調性のない女だぜ。じゃあ、要兄ぃ。俺達も部屋に行くとしようや。姉貴が来る前に、色々と話し合っとくこともあるしな」
「そ、そうかい?僕には特に思いつかないんだけど・・・一体、何の話だい?」
「おいおい、野暮なことは言うなよ。分かってんだろ?あの女を除け者にして、俺達だけで親父の遺産を頂いちまおうって話さ」
一華の後姿を見送った力也は、早速とばかりに彼女の遺産の取り分を除こうと要に話を持ちかけていた。
ねっとりと絡みつくようにじわじわと要を追い詰めようとしていた一華と違い、ニヤリとした笑みを見せている力也は、有無を言わさずに彼にそれを受け入れさせようという迫力を見せている。
「そ、それは・・・」
そのまま言い包められてしまいそうな夫の雰囲気にも、一華と違い明らかに腕力に物を言わせてきそうな力也の姿に、椿子もそう易々と口を挟むことは出来ない。
にっこりと笑った笑顔のまま、グイグイと距離を詰めてくる力也に、要はもはや言い返す言葉もなく押し込まれてしまっていた。
「・・・なーんてな、冗談だよ冗談。本気にしちまったかぁ、要兄ぃよぉ!」
そんな要の態度に満足したのか、急に距離を開いた力也は冗談だと笑って見せている。
要の背中を叩き、豪快に笑って見せている彼の目はしかし、決して冗談ではなかったと物語っていた。
「そんじゃ、俺も部屋で休ませて貰うとしますかね。はぁ~、疲れた疲れた」
言いたい事は言ったと満足した力也は、疲れに凝り固まった首筋をこきこきと鳴らしては一華が向かった方向と反対側へと歩いていく。
そんな彼の姿を要と椿子の夫婦は、何ともいえない表情で見送っていたのだった。
「うぅ・・・どうしよう。完っ全に、巡にもばれたよな?はぁ・・・いっそこのまま逃げちまうか?いやでも、外は吹雪だもんなぁ。はぁ~・・・どうしよ」
着々と最悪の状況へと追い込まれている男、滝原は今も頭を抱えて悩んでいた。
その横で一人、匂坂は何を見詰めているのか。
「やっとだ・・・やっと、チャンスが巡ってきた」
彼は一人、誰にも聞かれぬような潜めた声で何事かを呟いていた。
その手は、ポケットの中に。
そこで冷たい、金属の感触を掴んでいる。
「ここで・・・ここで果たすよ。母さん、唯」
その声は、今はここに誰かに。
「ここで果たしてみせる。・・・復讐を」
掴んだナイフを指でなぞり、彼は歩き出す。
復讐の、その道を。
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