救えないもの
「おーい、誰か!誰かいないのかー!!!」
突然上がった火の手に、適当に濡らした布切れを口元に当てているサブは、残っているかもしれない誰かを探して声を上げていた。
「サブ兄ちゃん、こっちから誰かの声が聞こえる!!」
「おおっ、でかした!」
幾ら探しても見つからない人影に、サブが諦めて切り上げようとしていると、どこかから声が響いてくる。
それは彼が一緒に行動していた少年、翔のものだろう。
廊下の向こうから駆け込んできた翔は、その方向へと向けて腕を伸ばし、そちらから人の声がしたと報告している。
彼の言葉にサブは腕を叩き、早速とばかりにそちらへと向かおうとしていた。
「って、お前!何でまだ残ってるんだ、さっさと外に逃げろっていっただろ!!」
しかしそちらへと走り出そうとしていたサブは、その途中で見過ごしてはならない事態を思い出し、その場へと踏み止まる。
彼はこの危険な状況に、翔を先に逃がしていた筈だったのだ。
その翔がここにまだ残っていることに気付いたサブは、声を張り上げると彼に早く外に逃げろと怒鳴っていた。
「で、でも・・・僕だって、役に立つよ!今だって・・・」
「うっせぇ!!ガキは手前の事だけ考えてりゃいいんだよ!!だから、さっさと逃げろっつってんだろ!!自分の足で逃げれねぇなら、ここから放り出すぞ!!」
サブに怒鳴られてもなお、翔はその場に残りたいと主張していた。
それはその言葉通り、自らも役に立てるという自負からくるものか、それとも単にサブと別れて一人になることを嫌っただけか。
しかしそんな翔の主張にも、サブは頭ごなしそれを否定している。
彼はもはや、命令に従わないなら無理矢理にでも放り出すぞと脅し、実際に近くの窓の外へと視線を向けていた。
「うっ・・・わ、分かったよ。その・・・死なないでね、サブ兄ちゃん」
「あぁ?当ったり前だろ、そんな事!んな当たり前の事、わざわざ言ってくんじゃねぇよ!!この馬鹿が!」
サブの口ぶりから、彼が絶対に自分を連れて行ってはくれないと悟った翔は、渋々といった様子でその場を後にする。
翔はその最後に、サブの身を気遣う言葉を残すが、その言葉に彼は余計な事を言うなと怒鳴り返していた。
「ちっ。ガキの癖に、変に気ぃ使ってんじゃねぇよ、まったく・・・」
翔の言動に文句を零し、面倒臭そうに頭をボリボリと掻いたサブはしかし、その口元に僅かな笑みを浮かべていた。
「っと、こっちだったか?急がねぇとな!」
浪費した時間は、今の火の手の周りを考えれば致命的になるかもしれない。
気を取り直し、翔が指し示した方向へと急ぐサブの足は速く、すぐに彼が言っていた通り、誰かの声が聞こえる場所にまで辿りついていた。
「おい、あんた!!滝原だったか・・・大丈夫か!?こっちに来れそうか!!」
燃え盛る炎の向こうから聞こえてきたのは、滝原の何かもがくような声であった。
炎の熱気に手を翳しながら、サブは彼へと声をかける。
「このっ、このっ!離せ、離せよ!!確かにあの時は俺が悪かった!!でも仕方ないだろ、怖かったんだ!!!」
しかし滝原から、まともな返事が返ってくることはない。
彼はその足に絡みつく何かを振り払うように、何度も何度も繰り返しその足を振るっていた。
「お、おい・・・あんた、一体何をしているんだ?」
滝原は自らの足にしがみつく、二人の女性を振り払おうとその足を振るっている。
しかしその姿は、サブの目には映ってはいなかった。
「っ!?ふざけてる場合じゃない、もう時間がないぞ!!」
今はまだ逃げ出すことも可能なその場所も、荒れ狂う火の手にいつ逃げ道が閉ざされるか分からない。
滝原の不可解な振る舞いに呆気にとられてしまったサブも、それをすぐに思い出すと彼へと手を伸ばして必死に避難を呼びかけていた。
「うおっ!?危ねぇ!!?」
しかしその言葉は届くことはなく、時間も既になくなってしまっていた。
爆ぜる火の粉は建物の倒壊を知らせ、崩れ落ちてきた構造物はサブと滝原の間を隔ててしまう。
サブは何とかそれに巻き込まれることは避けていたが、それは同時に彼がそこに辿りつくことが出来なくなってしまったことを意味していた。
「っく、このままじゃ俺まで・・・悪いが、自分でどうにかしてくれ!!恨むんじゃねぇぞ!」
建物を支える柱や壁が、悲鳴を上げるようにミシミシと音を立てている。
それはここが、もはや立っていることすら危険な場所に変わってしまったことを意味していた。
そんな場所にいつまでも留まってはいられないと、サブは踵を返してその場から立ち去り始める。
サブはその最後に申し訳なさそうに滝原の方へと視線を向けていたが、彼はそれすら気づいてはいないだろう。
「そうだ、俺は悪くない・・・悪くないんだ」
間近に迫った炎に、もはやその身体を焼かれながらも、滝原はそこに存在しない二人の女性達と激しく争っていた。
彼が見ているのが自らの罪の姿ならば、それから逃れる術などない。
事実、言い訳のようにぶつぶつと呟く彼の声は、いつまで経っても途絶えることはなかった。




