彼女達の決着 3
「貴女の勝ち、貴女の勝ちでいいから!!ね、いいでしょ?私がいた方が、何かと便利よ!あいつらは女ってだけで舐めてくる、ましてやあなたはまだ子供なのよ!!絶対、私がいた方が都合がいいと思うの!!」
百合子のそんな冷めた態度にも、一華はその口を閉ざすことはない。
寧ろ彼女は百合子のそんな態度により一層語気を強めては、自らの有用性を必死に主張し始めていた。
それは確かに、百合子にとっても多くの利がある提案のようだった。
「ふぅん・・・確かに、悪くないかもしれない」
「だ、だったら!!」
そんな提案に、百合子は僅かな肯定の空気を見せる。
それにすぐさま食いついた、一華の速度は速い。
彼女はそのまま、それなら自分を解放して欲しいと要求しようとしていたが、それが叶う事はなかった。
「でも、ごめんなさい。私、ゲームはハードモードで楽しむ方なの」
一華が語った苦労を、ゲームが如く楽しむつもりなのだと笑う百合子は、手にした刃に力を込めるとそれを振るう。
首筋へと食い込む刃の冷たさに、一華は死を覚悟して強く目蓋を閉じていた。
「―――遅くなってごめんね、ママ」
その時、どこかから聞こえた声は、とても無邪気な響きをしていた。
「っ!?ぐぅ!!?」
背後から聞こえた声と共に響いた、その耳障りな音はまさしく、チェーンソーが唸りを上げた咆哮だろう。
その音が意味するものは一つ、殺人鬼が、あの少女がここに現れたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・に、逃げ・・・ない、と」
響いた声にその存在が現れたことをいち早く理解した百合子は、一華を仕留めることをすぐに諦めて彼女を突き飛ばしている。
その判断の速さは、彼女を致命傷から救ってはいたが、受けた傷は決して浅くはない。
それでも何とか生き残ることを望む彼女は、すぐにでもこの場から逃げ出そうと、その重い身体を何とか引き摺っては先へと進み続けていた。
「遅いっ!一体今まで、どこをほっつき歩いてたの!?」
「んー・・・?向こうの方?」
時間を稼いでいたのは、何も百合子だけではない。
一華もまた、あさひの到着を待ち望み時間を稼いでいたのだ。
予定よりも明らかに遅い到着に、一華は僅かに切り裂かれた首筋を押さえながら、怒鳴り声を張り上げている。
しかしそんな彼女の怒りにも、あさひは小首を傾げてあさっての方向を見つめるばかりで、ちっとも反省した様子は見られなかった。
「まぁいいわ、済んだ事ですもの。それよりも、いつまでそこでボーっとしているつもり?さっさと自分の仕事に取り掛かりなさい!」
「しごとー?しごとって、なに?」
あさひの態度にこれ以上怒鳴りつけても無駄だと悟った一華は、それよりも優先すべきことを彼女に急がせる。
そんな一華の妥協にも、あさひはまったくピンときていない様子を見せていた。
「あいつに止めを刺すことよ!!さっさとなさい!!」
「はーい」
身体を引き摺るようにしてこの場から逃げ出した百合子は、その姿を既に消している。
しかしその足取りは、彼女の身体から流れ続けている血の跡によってはっきりと示されていた。
それを早く追えとヒステリックに叫ぶ一華に、あさひは軽い調子で手を掲げては、承ったと返事を返していた。
「あのね、ママ・・・それが済んだらあさひ、ご褒美が欲しいなー?」
「何?なんだって買ってあげるわよ。何が欲しいの?」
百合子の後を追って走り出したあさひはしかし、その途中で足を止めると一華の方へと振り返っていた。
彼女はそうして、一華にご褒美を要求する。
「うぅん、そうじゃなくて・・・えっとー、そのー、ね」
「あぁ、はいはい。そうだったわね・・・安心なさい、帰ってきたら好きなだけ抱きしめてあげるわ」
「・・・撫で撫でも?」
あさひの要求に、何でも買ってあげると返した一華の言葉にも、あさひはどこか物足りなさそうな表情を見せていた。
それとは別のものが欲しいのだと望みながらも、それに言いよどんでいるあさひの振る舞いに、ようやく彼女の欲しいものを思い出した一華は、そっとその両手を広げている。
その一華の仕草に瞳を輝かせたあさひが、恥ずかしそうに顔を俯かせながらさらに望んだご褒美を、一体誰が責められるだろうか。
「えぇ、嫌になるくらいしてあげる」
「やったー!!じゃあ、すぐに終わらせて戻ってくるね!!!」
溜め息を漏らすように、一華もそれを許している。
彼女の言葉に歓声を上げ、そのまま駆け出していったあさひの足は速い。
その速度ならば、今まで遅れなど訳もなく、すぐに逃げ出した百合子を捕まえられるだろう。
「・・・誰が、そんな事するもんですか。あぁ、気持ち悪い。あんたなんて、もう用済みなのよ」
去っていくあさひの姿を笑顔のまま見送った一華は、その表情を崩さずにそんな事を毒づいていた。
一華は彼女に触れられてもいないにもかかわらず、汚いものを掃除するように、自らの服を払っている。
その振る舞いに、あさひが求めた愛情など欠片ほども含まれてはいなかった。
「あぁ、でもこれでようやく決着がついた。ふふふ・・・これで、これで九条の全てが私のものに・・・」
一通り自らの身体を払い終えた一華は、含み笑いを漏らすと勝利の余韻に浸っていた。
邪魔者を全て排除した彼女は、これでようやく名実共に九条の全てを手にするのだ。
これを、喜ばずにいられるだろうか。
「匂坂、幸恵という名前を憶えているか?」
「はぁ?誰よ、それ。邪魔しないで頂戴、今いいところなんだから」
余りに大き過ぎる喜びは、一華ですらそれに溺れさせてしまう。
それは、そのどこかから掛かった声を、思わず流してしまうほどのものであった。
しかしその声は、果たしてそんな扱いをしていいものであったのか。
「そうか、なら教えてやる。その名前は・・・お前が殺した人の名だ」
鈍い音が響き、一華の身体がゆっくりと倒れ付していく。
その声の主、匂坂幸也はその様を冷たい瞳で、ただただジッと見下ろしていた。




