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彼女達の決着 1

「おい、もう泣くな」


 止まることのない涙に、鼻を啜る音の混じった嗚咽を上げ続けている翔に、サブは彼の遅いペースに合わせながらも、その足を止める事はなかった。

 いつまでも泣き止まない彼に、サブが掛けた声は苛立ちからではないだろう。

 しかしそんな声で、翔の悲しみが癒える訳もなく、その泣き声もまた止まることはなかった。


「ぐっ、ひぐっ・・・でも、でも・・・!!」


 サブの声に、今までどうにかゆっくりとしたペースながらも前に進み続けていた翔が、その足を止めてしまう。

 彼は何とか涙を拭って、サブに何か言い返そうと試みているが、止め処なく溢れ出す感情に何も言葉を見つけることが出来ないようだった。


「ちっ・・・いいか翔、良く聞けよ」


 そんな翔の様子に自らも足を止めたサブは、心底面倒臭そうにボリボリと頭をかき回すと、彼の目線の高さに合わせて座り込む。

 そうして翔の両肩へと手を添えたサブは、真剣な表情で彼の顔を覗きこんでいた。


「確かに、お前に取っちゃ今日は最悪の日だったのかも知れねぇ。だけど考えてもみろ、今日より悪い日なんてあると思うか?そう考えれば、これからどんな酷い目にあったって大丈夫だ、って思えるだろ?」


 真剣な表情で語るサブの言葉は、気休めでしかないかもしれない。

 しかし両親を失い、今もただのチンピラでしかないサブに連れられている翔にはきっと、この先辛い人生が待っているだろう。

 サブが語っているのは、そんな人生を何とかやり過ごす秘訣であった。

 そしてそれはもしかすると、彼自身が自分に言い聞かせている言葉なのかもしれない。


「ぐすっ・・・そうかな?」

「そうさ!俺だってなぁ、ガキの頃はそりゃ酷いもんだったんだぜ?それでも生きてこれたのは―――」


 サブがその心から搾り出した言葉は、翔にも響くものがあったのか、彼は涙を拭う手を止めて僅かに顔を上げる。

 そんな彼の姿に喜び、思わず声を弾ませたサブは、畳み掛けるようにして自らの生い立ちについて語ろうとしていた。

 しかし、それが語られることはない。

 何故なら―――。


「さっさとくたばりなさいよ、このガキがぁぁぁ!!!」

「往生際が悪いんだよ、このクソババアぁぁぁ!!!」


 彼らが向かっていたそのすぐ先から、とんでもないボリュームの怒声が響いてきていたからだ。


「な、なんだ!?お、おい翔!お前はここで待ってろ、ちょっと俺が・・・!」

「お、おいてかないで!僕も行くよ!!」


 明らかに尋常ではない様子のその声に、サブは翔をその場に残して様子を見に行こうとしていた。

 しかしつい先ほど、自らの父親のあんな恐ろしい姿を見たばかりの彼は、ここで一人にされることを異常に怖がり怯えてしまう。


「お、おう!じゃあ遅れるなよ!」

「うん!」


 翔の意外な反応に驚いたサブはしかし、彼自身も翔をここにおいていくのは不安だったのか、すぐさまその手を取っている。

 そうして渡り廊下の角を越えて踏み込んだロビーに、彼らは組み合いもつれ合っている二人の女性の姿を見ていた。


「っ!そこのあんた、私に協力なさい!!報酬は幾らでも弾むわ!!」

「サブさん、サブさんですね!確か、陣銅組じんどうぐみの!!私ならそこの組長とも知り合いですから、組を抜けたいなら口利き出来ますよ!!だから、だからこいつを殺して!!」

「違う!!殺すのはこいつよ!!!」


 ロビーへと現れた大人の男の姿に、拮抗した状態でもつれ合い続けていた二人、九条一華と百合子は同じように、自分につけと大声を張り上げている。

 彼女達はそれぞれに、その交換条件を提示しており、それは確かにサブにとっても魅力的なものに思えた。


「・・・俺に、殺しを手伝えと?」


 彼女達の物騒な物言いに、サブは思わず懐に忍ばせた銃へと手を伸ばす。

 彼女達がその存在を知って声を掛けてきた訳ではないだろうが、それを使えば間違いなく、彼女達の願いを叶える事が出来るだろう。

 そしてそれは同時に、サブ自身の未来をも切り開けることを意味していた。


「・・・悪いが、興味ないね」


 しかし彼が手に取ったのは、今も不安そうにこちらを見上げる、少年の小さな手だった。

 懐に仕舞っていた銃をさらに奥へと押し込んだサブは、翔の手を取るとその二人に簡潔な拒絶を告げる。

 彼女達はその言葉に、さらに誘いの文句を続けようとしていたが、サブはそれよりも早くその場を後にしてしまっていた。


「・・・何、あれ?」

「理解出来ませんね。提案を受ければ、楽な人生を送れたものの・・・」


 十分すぎる報酬の提示に、それを断れるとは考えていなかった二人は、それを拒絶し足早に立ち去っていったサブの行動に、呆気にとられてしまっている。

 その衝撃は、彼女達に思わず正気を取り戻させてしまうほどのもので、二人は先ほどまでの激しい争いも忘れ、一瞬素のテンションで会話を交わしてしまっていた。

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