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一華と百合子 1

「あれー、叔母さんじゃん。遅かったね」


 ロビーに一人残り、ぼんやりとスマホを弄っていた九条百合子は、どこかから聞こえてきた足音に振り返ることもなく、その相手を当てて見せていた。

 言い当てられた存在に忍んでいた足を止めた彼女に、百合子はゆっくりと振り返る。

 その先には、どこか困ったような表情を浮かべている九条一華の姿があった。


「貴女は早いのね、気付くのが。これでも多少は自信があったのだけど・・・」

「足音はねー、ほとんどしなかったよ?でもぉ・・・叔母さんは気配で分かるんだよねー」


 自らに背中を向けている百合子に、そのまま近くまで忍び寄ろうと考えていた一華は、その計画の頓挫に肩を竦めて残念そうにしている。

 忍び足には自信があったのにと語る一華に、百合子は彼女のその気配を隠せはしないのだとけらけらと笑っていた。


「それにぃ・・・叔母さん、怪我してるでしょ」

「・・・何のことかしら?」


 顔を傾けて笑う百合子に、彼女の手の中のスマホもまた傾き、それに飾り付けられたアクセサリーが揺れて擦れては音を立てていた。

 それはまるで、彼女が囁いた言葉の効果音のように、静けさの中で響き渡っている。

 一華が彼女の発言に思わず黙ってしまったのは、そんな奇妙な迫力に押された訳ではないだろう。

 彼女は百合子に指摘された事実を隠すように、僅かに片足を引いては、そんな事は初耳だとすっ呆けた表情を見せていた。


「あははー、隠しても無駄だよぉ。足、引き摺ってるじゃん。もしかしてぇ・・・チェーンソーで切りつけられちゃった?」


 しかしその僅かな所作こそが、自らの言葉を証明しているのだと、百合子はその笑い声を高くする。

 彼女はその原因までもを言い当ててしまうが、それはこの状況ではそれ以外の理由が思いつかなかったからだろう。

 事実、百合子の言葉に一華ももはや隠せはしないと諦めて、その痛々しい足首を彼女へと晒してしまっていた。


「貴女には、隠し事は出来ないわね。えぇそうよ、あの子に切りつけられたの」

「ふ~ん、よく生きて戻ってこれたよねぇ。流石は一華叔母さんって感じ?」

「ふふっ、お褒めに預かり光栄ね。ねぇ、百合子。私の前では、その馬鹿みたいな口調でいる必要はないのよ」


 その足首にはっきりと残る痛々しい傷跡を晒した一華は、その経緯までをも白状してしまう。

 そんな一華の振る舞いにも、百合子は始めから全て分かっていたとつまらそうな表情を見せるばかり。

 一華はそんな百合子が寄越してきた適当な褒め言葉に、心底喜んでいるかのようにその胸へと手を添えては、何か重要な事を告げるために静かに一息呼吸を溜め込んでいた。


「だって、貴女は・・・私の弟を殺してくれたのですもの」


 そうして彼女は、百合子が自らと対等の存在だと告げる。

 その言葉に百合子は、静かに瞳を細めただけだ。

 しかしその長い沈黙が、何より彼女の心情を表していた。


「・・・何だ、ばれてたんだ。じゃあ、もういっかなー?」


 長い沈黙の間に百合子がした事は、そのジャラジャラとうざったらしいスマホのアクセサリーを外してポケットにしまうことだ。

 わざとらしいほどに飾りつけ、自らのキャラクターを誇示していたそれを外した百合子は僅かに目蓋を伏せ、俯いている。

 そうして再び顔を上げた彼女は、先ほどまでとはまるで別人のような、冷たい表情を見せていた。


「・・・それで、九条一華。貴女は何が望みなの?」

「それが貴女の素顔?ふふふっ・・・何よ、さっきよりずっとそそるじゃない」


 周りから警戒されないために被っていた仮面を外し、その冷酷な素顔を晒す百合子に、一華はそちらの方がずっと魅力的だと舌を濡らしている。

 そんな彼女の様子に、百合子が若干気持ち悪そうに顔を顰めたのは、恐らく演技ではないだろう。


「何?そんな事が言いたくて、わざわざ痛い足を引きずってきたの?」

「あぁ、ごめんなさい。つい、ね・・・本題に入りましょうか」


 明らかに性的欲求の高まりを感じさせる一華の仕草に、嫌気が差した表情を見せた百合子は、彼女がそんなつまらない事のためにここに来たのかと嫌味を口にしている。

 口にした嫌味だけでは飽き足らず、僅かに腰を浮かせてはここから立ち去る動きを見せる百合子に、一華は覗かせた舌を唇を湿らせるだけに止めて本題へと急ぐ。

 彼女はその過程で、するりするりと百合子との距離を詰めてきていた。

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