無垢なる暴力 4
「あっ、やっちゃった・・・ま、いっか」
隆志の身体を貫いたチェーンソーは、そのままその下へと倒れ付していた梢の身体をも切り裂いている。
それは彼女の最後の息の根までをも止めてしまっていたが、それは所詮あと少しの命を縮めたというだけの事だ。
そんな事実に、僅かに不味いと表情を顰めたあさひもすぐに気を取り直すと、役目を終えたチェーンソーを担ぎ直している。
そうして彼女は、残された獲物へと向き直る。
「あー、楽しかったー!じゃあ、次は君達だね!」
たっぷりと吐いた息に満足感を滲ませて、あさひは気軽な様子でそちらへと足を踏み出す。
その先には、余りの突然の展開にその場を動けずにいた椿子と一華の姿があった。
「ね、ねぇ・・・ここは一時休戦して、協力し合わない?」
「そうねぇ・・・そうしようかし、らっ!」
お互いを殺せと争っていた二人も、揃って危険な状況に陥れば協力し合う理由にもなる。
徐々に迫ってくるあさひの姿に、椿子は一華に協力を申し出る。
その言葉に一華もまた、了承する気配を見せていたが、彼女はその最後に姿勢を低くすると、椿子の足を払ってしまっていた。
「っ!?貴女、こんな時にっ!!」
「こんな時だからでしょう?私のために時間稼いでくれて、どうもありがとう!」
後ろに迫るあさひに備えていた椿子が、まったく別の方向からの攻撃に対応出来る訳もない。
一華によって綺麗に足を払われ、床へと尻餅をついた椿子は、こんな状況でそんな事をしてきた一華に文句を叫んでいる。
しかし一華は彼女そんな文句など気にも留めずに、そのまま彼女を囮にして逃げ出そうと試みていた。
「行かせる訳、ないでしょうがぁぁぁっ!!!」
しかしそれを許す、椿子ではない。
彼女は尻餅をついた体勢から僅かに姿勢を整えると、しがみつくようにして一華の足へと飛びついていた。
「ぐぅ!?この・・・往生際が悪いのよ!!さっさと一人で、死んでなさい!!この、このっ!!」
その身を投げ出すようにして飛びついてきた椿子の腕は、一華の足首をギリギリ所で掴まえていた。
その引っ張られる感覚につんのめった一華は、その場で踏ん張っては何とか姿勢を維持すると、椿子を引き剥がそうとその足を振るう。
「ぐっ、がぁ!?ふふ、ふふふ、うふふふふふ・・・離さない、離さないわよぉぉぉ!!一人では逝かない!貴女もここで死ぬのよ、九条一華ぁ!!」
しかし幾ら一華がその顔面を蹴りつけようとも、椿子はそれを離そうとはしない。
彼女はその唇からダラダラと血の混じった涎を垂れ流そうとも、逆に愉悦すら混じった笑みを見せている。
それははっきりとした、狂気の姿だ。
そんな存在が自らの足を掴んでいるという事実に、一華は恐怖を覚えさらに蹴りつける足を強くする。
「離せ、離しなさいよ、この!っ!?離せっていってんのよ!!!」
幾ら蹴りつける足を強くしても、もはや死を覚悟している人間に通じる強さには届かない。
それでもいつか、それを繰り返していれば椿子のその意識自体を断ち切れるだろう。
それを信じて同じ行為を繰り返す一華はしかし、その視界の中に絶望の姿を捉えてしまう。
ゆっくりと近づいてきていたあさひはもう、その手が届く距離にまできていた。
「あははははっ!!貴女もここで死ぬの!九条の血を引く、特別な貴女もここで惨めに殺されるのよ!!どう、悔しい!?悔しいでしょう!?悔しいって言いなさいよ!!!」
一華が全力で振るった足も、椿子の笑みを深めるだけで終わっている。
椿子ががっちりと捕まえたその足首は、例え彼女に何が起ころうとも離しはしないだろう。
そう例え、彼女が死んでしまっても。
「サヨナラ、知らないおばさん」
一華の足を引っ張る事に全力を尽くしている、椿子の背中は無防備だ。
だからあさひは、その一番の急所へと刃を這わす。
それは人体の急所であり、そうでありながらその身体の中で一番に近く細い、首筋であった。
「ぐぅぅ!?・・・何で?こいつ死んだのに・・・このっ、このっ!!」
細い首筋に、チェーンソーの鋭い刃は彼女の命を悲鳴すら上げさせずに奪っていた。
縋りつくような形で一華の足首を捉えていた椿子に、その首筋はそこの近くへと存在した。
彼女の首を切り落とす事を狙ったチェーンソーは、その刃のリーチに椿子の足首の肉をも切りつける。
その痛みに悲鳴を漏らした一華は、絶命してもなおこの足首を離そうとしない椿子に顔を青ざめさせると、必死の形相でそこから逃げ出そうともがいていた。
「・・・逃げないの、おばさん?」
死してなお、決して離しはしないと絡みつく椿子の腕に、必死にもがき苦しんでいる一華の姿を見下ろしては、あさひは不思議そうに小首を傾げている。
彼女はまるで、逃げてくれた方が楽しいのにとでもいいたげに、一華が動き出すのを待っているようだった。
「そんなの・・・出来たらやってるわよ!!見たら分かるでしょ!!」
そんなあさひの言葉に、一華が思わず感情的に言い返してしまったのは、流石の彼女もこの状況に余裕がなくなってきたからか。
牙を剥き、唸りを上げるような一華の声にも、その美しい素顔を晒したあさひの顔には何の表情も表れない。
「ふーん。じゃ、もういいや」
そうして、彼女はゆっくりとチェーンソーを振り上げる。
「ま、待って!!私なら、私ならもっとあなたをうまく使ってあげられる!!どう、手を組まない!?お、お金なら幾らだって払うわよ!!」
目の前で断頭台の刃が上がっていく様子を目にすれば、怒りで曇っていた思考もクリアになるのだろう。
俄かに正気を取り戻し、必死にあさひを説得しようと一華は言葉を重ねる。
しかしその言葉は、どれ一つ彼女の心には届きそうもなかった。
そして、その腕は振り下ろされる。
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