無垢なる暴力 3
「はーい」
それはこんな殺伐とした空間の中でのんびりと片手を掲げる、あさひであった。
「・・・は?貴女、何を・・・?」
片手を空へと伸ばし、元気良く返事をしたあさひは、その手をチェーンソーへと戻すと、それのエンジンを吹かし始める。
そしてその回り始めた凶刃は、彼女の目の前にいた梢のお腹へと突き刺さっていた。
「何で・・・?何で何で何で、何でぇぇぇっっっ!!?」
背中からお腹へと貫いたチェーンソーの刃に、それを不思議そうに見下ろした梢は、余りの出来事に痛みを感じていないのか、本当に意味が分からないと疑問を口にする。
しかしそれも、その刃のよって内臓を掻き混ぜ始められれば、そのままにしておく事など出来ないだろう。
そして悲鳴を叫び始めた彼女が、その疑問の答えに辿りつく事はもう、ない。
「あははははははははは!!!たのーしー!!!」
その笑い声は、誰かの悲鳴が途絶えてから響いた。
心底から楽しくて堪らないと笑っているあさひは、梢の身体を貫いたまま数歩前進すると、それを隆志の足元へと投げ捨てる。
その余りにひどい振る舞いに、今まで思考停止してしまっていた隆志もようやく、その瞳に意思を宿していた。
「お、お前!自分が何をやっているのか、分かってるのか!?殺すのは、俺達じゃない!!あっちの連中だろうが!!?」
チェーンソーを手に、自らの方へとジリジリと近づいてくるあさひの姿に、隆志は当たり前の事を問いかけている。
それは彼女が殺すべきなのは、家族である自分達ではなく、そこにいる他人だというものであった。
しかしそんな言葉など、もはや彼女には響かない。
「ねぇ、知ってる―――お父さんでも、殺していいんだって」
「は?何を言って・・・?」
名前すら呼ぶ事なく、ただの道具として扱っていたにもかかわらず、今更家族としての情を求めるのは余りに都合がいい話しだろう。
しかし彼女が止まらないのは、そんな理由からではない。
彼女は知ってしまったのだ、家族であろうとも殺していいのだ、と。
「だから、殺すね。おとーさん」
軽やかに告げたその言葉は、ハミングするように謳っている。
一歩踏み込んだあさひは既に、自らの父親をその間合いへと捉えていた。
そして今、それは振り下ろされる。
「おらぁ!!!」
「ぴぎゃ!?」
しかし彼女がそれを振り下ろすよりも早く、動いた者がいた。
それは彼女に標的にされていた、隆志その人であった。
彼は近づいてきたあさひに腕を伸ばすと、その小柄な身体を突き飛ばす。
チェーンソーを振り上げた大振りで、彼の事を仕留めようとしていたあさひはそれに対応する事が出来ず、為す術なく突き飛ばされてしまっていた。
「はっ!調子乗ってんじゃねぇよ!!てめぇなんか、頭がおかしくて人殺しに躊躇いがないってだけのクソザコだろうが!!自分で誰を殺すかも考えられねぇてめぇなんざ、俺達に使われなきゃクソの役にもたたねぇんだよ!!」
怒りのままにあさひを突き飛ばした隆志は、床へと倒れ付した彼女を見下ろすと、指を突きつけていた。
彼は彼女が自分達の道具としてか役に立たない存在だと語り、散々にこき下ろしている。
そんな彼の言葉に、あさひはただただ怯えた様子を見せていた。
「うぅ・・・ひっ・・・」
「あぁ?てめぇ、聞いてんのか!!てめぇは母親を、梢に手を掛けたんだぞ!!まずはそれを謝るが、筋だろうが!こうやってよぉ!!」
怯えた様子で言葉を詰まらせているあさひに、隆志はそれが気に入らないと言葉を荒げている。
彼はあさひの頭を無理矢理下げさせようと腕を伸ばすと、間にあった障害物を乗り越えずかずかと彼女の下へと近づいていく。
しかしその手が、彼女へと届くことはない。
「がっ!?な、何だ?」
あさひへと届く僅か手前で、何かに引っかかり足を止めてしまった隆志は、そのまま態勢を崩して床へと手をついてしまう。
突然の事態に戸惑う隆志は、その原因を確かめるために後ろへと振り向いている。
しかし彼は、その先にあったものの正体に、目を見開き固まってしまっていた。
「・・・たす・・・けて・・・あ・・・た」
その先に待っていたのは、背中からお腹にかけて貫かれながら、まだ僅かに息のある梢であった。
彼女は隆志の足に縋りつくと、掠れた声で助けを求めている。
しかしその身体はもはや、どうやっても助けられる状態ではなかった。
では何故、彼女はそんな事をしてしまったのか。
それは彼女が、余りの痛みに錯乱してしまったからかもしれない。
もしくは―――。
「―――ありがとー、おかーさん」
彼も道連れにしたかったか。
「・・・あっ」
心の底から嬉しそうに感謝を告げたあさひに、そちらへと振り返った隆志が上げたのは、そんな間の抜けた声だけであった。
「止めろ、止めろ止めろ止めろ、止めてくりぁぁゃゃゃっ!!?」
今更彼が制止を叫んでみても、それはもう遅い。
既に振り下ろされた刃は彼の肩へと刺さり、その肉を抉り始めている。
彼が制止に伸ばした腕はその役目を果たす事なく、チェーンソーの振動にガクガクと揺れ動き、あさひのホッケーマスクを弾いて飛ばしただけであった。
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