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脱出する人々

「おぉ、やっと帰ってきたか!遅いぞ、匂坂!早く来い!!」


 滝原と飯野の痴話喧嘩とも取れる言い争いから逃れるために、トイレへと逃げ込んだ匂坂を待っていたのは、それ以上の喧騒であった。

 先ほどまでよりも明らかに人数の多いロビーでは、それらの人員が二つのグループに分かれており、出入り口近くに集まっているグループはそわそわと辺りを気にしている。

 彼らの中の一人である滝原は、トイレから帰ってきた匂坂の姿を見つけるとその手を掲げ、早くこっちに来いと彼を執拗に急かしたてていた。


「一体何が?この人達は・・・?」

「何がって、お前・・・ここから逃げ出そうって話になってただろ?ここにいる皆、それに賛成してんだよ。それでお前を待ってたんだ、一緒に来るんだろ?」


 出入り口の付近に集まっているのは、その話をしていた飯野と滝原、それに匂坂がトイレへと行く時にここへとやってきていた、サブ達であった。

 滝原は彼らもまた、ここから逃げ出すことに賛成しているのだと話し、その手に握った車のキーを差し出しては、匂坂にお前も来るんだろうと語りかけている。


「それは・・・」


 匂坂が一緒に来ると疑わない滝原は、彼が差し出された車のキーを前に迷う素振りを見せたことに、不可解そうな表情を見せている。

 滝原が伸ばした手へと僅かに腕を動かした匂坂は、それを躊躇うと後ろを振り返る。

 そこのソファーへと腰を下ろし、静かに佇んでいる一華の姿があった。

 何かを窺うような匂坂の視線に、彼がそのまま逃げ帰る事を望んでいない筈の彼女はしかし、どこか無関心そうな態度を見せていた。


「・・・あぁ、そうするよ」

「よっしゃ、じゃあ決まりだな!」


 一華の態度に不自然なものを感じた匂坂はしかし、それ以上にここに留まる事を望んではいなかった。

 滝原へと向き直った匂坂は、彼の手から車のキーを受け取る。

 その視界の隅には、サブに手を引かれている翔の姿もあった。

 彼の存在に先ほど出会った少女の姿を思い浮かべた匂坂は、その心にわだかまっていた復讐心が薄れていくのを確かに感じていた。


「それじゃあ皆さん、車に向かいましょう!!あぁ、坊主はなるべく内側に。他には・・・」

「・・・私、やっぱり残ります」


 匂坂が鍵を受け取ったことで、全ての準備は完了したと笑顔を作った滝原は、集まった皆に呼びかけると、早く車に向かおうと急かし始める。

 彼は猛吹雪の外の天気に、なるべく安全に車まで向かおうと人員の配置までをも指示し始めていたが、そんな彼の振る舞いに水を差す者が一人、いた。


「・・・ママ?」


 それは一人俯き、どこか暗い表情を見せていた椿子であった。

 彼女の発言に驚き、その顔を覗きこむようにして身体を傾けた百合子に、彼女はそれを嫌がるように顔を背けている。


「え、えーっと・・・つ、椿子さん?何でですか?さっきまでは、あんなに・・・」


 ようやく丸く収まった事態に、意気揚々と出発しかけていた滝原は、椿子のそんな突然の心変わりに、怒るというよりも戸惑った表情を見せていた。


「何でも何も・・・こんな天候です、危ないじゃないですか!と、とにかく!私はここに残ります!!」

「いや、そんな事は始めから・・・あぁもう、行っちゃった」


 とにかくここから離れたくないという態度を見せる椿子は、一方的な言い分だけを捲くし立てては一華が待っているソファーへと駆け戻っていく。

 そんな椿子を何とか引きとめようとしていた滝原だが、そんな試みも空しく彼女はあっという間に手の届かない所まで離れていってしまっていた。


「サブ兄ちゃん、僕も・・・」

「あぁ?うだうだ言ってんじゃねぇよ。今はなぁ・・・パパやママの事じゃなく、てめぇの命の事だけ考えてりゃいいんだよ!」


 ここに残ると騒ぎ出した椿子の姿に、この場に姿のない両親の事が心配な翔までも、ここに残りたいとサブの手を引っ張り始める。

 そんな翔の姿に、サブは彼の頭をぐりぐりと撫で回すと、そんな事を今は考えなくてもいいと言い聞かせていた。


「あーっと・・・もう、他のそういう人はいないよね?百合子ちゃんも大丈夫?」


 勢いよく出発しようとしていた所に水を差された滝原は、急に不安になってしまったのか残った皆にも一人一人視線をやっては、その意思を確認している。

 その視線は母親がこのロッジへと残ると決めた百合子で止まってしまうが、彼女は僅かに椿子の方へと顔を向けただけで、彼らについていくとはっきり頷き返していた。


「ママが残りたいなら、しょうがないかなーって。私?私は行くよ、だって怖いじゃん」

「そう、ですか・・・なら皆さん、急ぎましょっか!」


 百合子がはっきりと乗車の意思を見せた事で最後の確認が取れたと頷いた滝原は、そのまま皆を先導して外へと向かっていく。

 その後ろについてゆっくりと歩き出した匂坂の隣には、飯野巡が並んでいる。

 彼らが押し開いたドアからは、猛烈な吹雪が吹き込み、その先は白く霞んで見通すことも叶わない。

 それはまるで、彼らの未来を暗示しているようだった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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