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合流と決別

「百合子!百合子!!貴女ここにいたの、探したのよ!?」


 どこか消耗した様子で部屋から出てきた百合子に、彼女の事を探し回っていた椿子が声を掛けてくる。

 ようやく見つけた娘の姿に慌てて駆け寄ってくる彼女に、百合子は億劫そうにそちらへと顔を向けていた。


「・・・何、ママ?何か用?」

「何って、貴女。私が貴女のためにどれだけ頑張ったか・・・!!全部、貴女のためなのよ!!?」


 気だるげな表情で駆け寄ってきた椿子へと顔を向ける百合子は、自らの髪に括りつけたエクステの毛先を弄っている。

 そんな百合子の態度に椿子は激昂すると彼女の肩へと掴みかかり、如何に自分が貴女のために頑張ってきたのかと語り始める。

 しかしそれは、百合子の重い目蓋をさらにどんよりと暗くさせるだけであった。


「それには、いつも感謝してるよママ。それより、何か用があったんじゃないの?」

「そんな簡単な言葉でっ・・・そうね、今はそれ所じゃないわ。よく聞いてね、百合子」


 もはや、そうすることでしか椿子を沈静化出来ないと判断した百合子は、明らかに心が篭っていない棒読みの口調で、彼女への感謝を告げる。

 それは当然、椿子の怒りをさらに加速させる事となるが、そんな彼女にも今はそれ所ではないと気づくぐらいの理性はあったようだ。

 急に落ち着きを取り戻した椿子は改めて百合子の肩を掴むと、周りの耳を気にするように彼女の身体を引き寄せていた。


「・・・一華を殺すように、依頼した。あの殺人鬼によ!これで遺産は私達のもの!!間違いないわっ!」


 百合子の耳へと口を寄せた椿子は、自らの計画を彼女へと告げる。

 しかしその衝撃的な内容と裏腹に、それを耳にした百合子の表情には何の変化も表れることはなかった。


「え、そうなんだ。へー・・・良かったじゃん、ママ」

「もっと喜びなさい!!まったく、事の重要さが理解出来てないのかしら・・・まぁ、いいわ。貴女ももっと年をとれば、私に感謝する日もくるでしょう」


 椿子の言葉に一度腕を伸ばし、わざとらしく驚いてみせた百合子は、今度は喜びを表すように彼女を抱きしめている。

 そんな娘のリアクションにどこか不満そうな椿子は、グチグチと文句を零す。

 しかしその両手は娘の背中へと周り、嬉しそうにそれを優しく撫でていた。


「後は、力也さんを説得出来れば・・・」


 自分達の遺産相続を阻むであろう、一華を亡き者にする算段が立った事で、椿子は薔薇色の未来を思い描いている。

 彼女からすれば、後はそれほど敵対的ではない力也と話し合い、双方の折り合いをつければいいだけなのだ。

 もはや勝ちは決まったと、気が緩んでしまうのも仕方のない事だろう。

 しかし、そう事は彼女の思い描いていた通りには進まない。


「―――ママ。叔父さんなら、あたしが殺したよ」


 そう、囁いた百合子の声は冷たい。

 彼女に抱きしめられている椿子からは、今彼女がどんな表情をしているかも分からないだろう。

 今はただ、彼女の背後で薄く開いているドアが、キィキィと軋んだ音を立てているだけ。


「・・・は?貴女、何を言って・・・力也さんは私達の味方に―――」

「それでも、遺産の取り分が減るのは確か。そんな事も分からないなら・・・」


 百合子が囁いた言葉の意味を、椿子はすぐには理解出来ない。

 少なくとも彼女には、自分達の味方になってくれるかもしれない力也を殺す理由など、想像も出来ないのだろう。

 そんな母親の姿に、百合子は呆れたような呟きを漏らしている。

 その声は、先ほどと同じように暗く、冷たい。


「ママ。貴女も要らない」


 百合子が椿子の背中へと回した手には、小ぶりなナイフが握られている。

 それは僅かに血に塗れ、刃の先が黒く汚れていた。


「おーい、あんたらー!」


 百合子がその刃を閃かせるよりも早く、その横から能天気な声が掛かっていた。

 それは駆け足でこちらへと近寄ってくる、チンピラ風の男が放った声だろう。

 彼らの存在に気づいた百合子は、すぐに椿子の身体から離れるとナイフを仕舞う。


「あれー?さっきいた、ヤクザの人じゃん?何かあったのー?」

「何かって・・・さっきの騒ぎ、聞いてなかったのか?」


 椿子から離れ、ナイフをポケットへと仕舞った百合子は、すぐにいつもの様子に戻ってはギャルっぽい緩い口調でやってきた男、サブへと話しかけている。

 彼女のその暢気な様子にサブは面食らうと、自分達がやってきた方へと振り返っている。

 彼らが襲われた部屋と、ここはそれほど離れてはいない、そんな距離であの騒ぎが聞こえなかったのかとサブは不思議がっているようだった。


「それより、ここがあんた達の部屋か?悪いが匿ってくれ!」

「あー・・・それは、やめといた方がいいと思うなー」

「緊急事態なんだ!!勝手に入らせてもらうぞ!」


 僅かに開いているドアを目にしたサブは、そこへと匿ってもらおうと百合子達に頭を下げては頼み込む。

 彼のそんな頼みにも、百合子は当然難色を示していたが、サブはそれに聞く耳を持たず、緊急事態だからと翔の手を引いてはそこへと押し入ってしまっていた。


「暗いな・・・明かり明かりっと。っ!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?な、なんだこりゃあ!!?」

「・・・だから、止めといた方がいいっていったのに」


 部屋へと押し入ったサブは、そこに横たわっている力也の死体を目にして悲鳴を上げてしまう。

 そんな彼の様子に、百合子は一人、ポツリと呟きを漏らしていた。


「あ、あいつ・・・こんな所にも現れやがったのか!?あ、あんたら逃げるぞ!!ここはやばいっ!!」

「はーい」


 予想もしないタイミングで思わず目の当たりにしてしまったショッキングな光景に、吐き気を抑えながら部屋から飛び出してきたサブは、こんな所にも殺人鬼が現れたのかと驚きを漏らしている。

 そんなサブの言葉に、素知らぬ顔でそっぽを向いていた百合子はしかし、逃げると促す彼の言葉には素直に従い、その後をついて駆け出し始めていた。


「・・・私を殺そうとした?母親の、私を?」


 そう呟いた椿子は一人、その場に取り残されている。

 彼女は百合子が去っていった方向へと顔を向けると、信じられないという表情で目を見開いていた。

 彼女がそこから動き出すのに、後どれほどの時間が掛かるだろうか。

 それはまだ、分からない。 

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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