彼らは足を踏み外す 2
「うぅ~・・・離せ、離せよ!このぉ!!」
目の前に横たわる美味しい獲物に涎を垂らすあさひは、それを早く殺したいと大助の腕の中で暴れている。
そうして、片手ではもはや支えきれなくなったチェーンソーが彼女の手から離れて落ちる。
その刃が、縛られ動きを拘束されていた誰かの縄を切り裂いたのは、もはや奇跡に等しい偶然だろう。
「き、切れた、のか?よ、よし!これなら・・・ぐぅ!?」
奇跡的な偶然によって拘束から解放されたサブは、慌てて残りの縄もその身体から外している。
そうして何とか立ち上がったサブは、痛む頭を擦りながらどうにか逃げ出そうとその足を急がせている。
しかし意識を失っていた時間に鈍った身体はうまく動いてくれず、彼は足を縺れさし再び床へと倒れ付してしまっていた。
「貴方!!いい加減にしてくださいっ!!」
あさひを捕まえている大助に、静子は彼女を解放しろと掴みかかっていた。
その足元には、足を縺れさせたサブの姿が転がっている。
しかし夫婦間で異なる主張をぶつけ合わせるのに夢中な彼らには、拘束から抜け出し逃げ出そうとしているサブの事など、目にも入らないのだろう。
「いい加減にするのは君の方だろう!!目を覚ませ!!」
大助が語る道徳心などこんな状況には何の意味はないと叫ぶ静子に、大助は彼女の方がおかしいのだと言い返していた。
その話し合いは、どこまでいっても平行線だろう。
しかしその二人の縺れあいによって、確実に緩んだものが一つ、そこにはあった。
「・・・うんしょ、うんしょ。よしっ、抜けた!!待て待てー!!」
縺れ合う二人に、あさひを拘束していた大助の腕は緩んでしまっている。
しかしそれ以上に、彼の注意が静子へと向かってしまっていたのが大きかったのだろう。
その影響として、彼は自らの腕の中をこっそりと抜け出そうとするあさひの存在に気づかずに、それをみすみす取り逃がしてしまう。
大助の腕を抜け出したあさひは、落ちていたチェーンソーを回収すると、そのままサブの背中を追って駆け出していく。
「ひぃぃぃ!?何で、何でこっち来るんだよぉ!!?くっそぉぉぉ!!」
足を縺れさせ、床へと再び倒れ付してしまっていたサブは、周りの皆の注意が他へと移ったのをいいことに、こっそりとその場を抜け出そうと試みていた。
しかし大助の拘束から抜け出し、一直線にこちらへと向かってくるあさひの姿に、その試みは脆くも崩れ去れ、彼は再び大慌てで逃げ出し始めている。
「何で?何で何で何で!?何で開かないんだよぉ!!?」
ドアまで辿りついたサブはしかし、幾ら捻っても開かないそれに頭を抱えてしまっている。
彼がそんなことに手間取っている間にも、その背後には殺人鬼、あさひの姿が迫っていた。
「そうかっ!内側に開くんだ!うわっ!?」
サブがようやく、そのドアは内側に開くんだと気づいたのは、あさひの姿がすぐ傍までに迫った時であった。
彼の背後では既に、あさひがチェーンソーを振りかざしており、今更そこを開いても間に合うとは思えない。
しかしそのドアは、彼が引くよりも早く、猛烈な勢いで独りでに開いてしまっていた。
「おい、サブ!!てめぇ、いつまで掛かってやがんだ!!さっさと殺ってこいって・・・!?」
猛烈な勢いで開かれたドアは、そのすぐ傍にいたサブを弾き飛ばしてしまっている。
それは結果的に、あさひが振り下ろしたチェーンソーの軌道から、彼を救っていた。
ならば、その振り下ろされた刃はどこに向かうのか。
「あっ」
簡単だ。
それはそのドアを開いた男、陣馬竜輝の胸へと吸い込まれいく。
その意外な結末には、あさひも驚き目を見開いてしまっている。
しかし誰よりもそれに驚いているのは、陣馬その人であろう。
「あぁ?なんだ、こりゃ・・・?おいサブ、説明、しやがれ・・・」
肩口から突き刺さったチェーンソーの刃は、陣馬の肩から胸の辺りの肉を削り取っていく。
その様を目にしながら、理解出来ないと疑問漏らす彼は、近くて倒れ付しているサブへとこの状況の説明を求めていた。
「その・・・ごめんね?」
「あが、あががががっ、あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁあぁあっ!!!」
振り下ろされたチェーンソーはしかし、ターゲットの誤認にそれ以上は力を込められてはいなかった。
しかし申し訳なさそうに眉を下げ、謝罪の言葉を口にしたあさひは、その両手に力を込めてチェーンソーの刃を進ませ始める。
その痛みと振動に、もはや陣馬は疑問の言葉も続けられず、ただただ悲痛な叫び声を上げるだけの存在と化してしまっていた。
そしてそれは、彼の命が断ち切られるまで続いた。
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