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彼らは足を踏み外す 1

 衝撃によって断ち切られた意識は、それを取り戻しても朦朧とした状態を続けてしまう。

 薄暗い部屋の片隅で目を覚ましたサブは、薄く開いた目に映った景色に見覚えがなく、今の状況をうまく把握出来ずにいた。


「こ・・・こは・・・な、にが・・・?」


 朦朧とした意識にも、どうにか動き出そうとする身体は、もぞもぞとその手足を動かし始めていた。

 しかし満足に動かせないそれに、どうやらこの身体は縛られているらしいと知る。

 そんなサブの頭上から、冷たい声が響く。


「あさひ、来なさい。こいつを殺すのよ」

「は~い!」


 その声は、この部屋へと殺人鬼であるあさひを連れて戻ってきた、静子のものであった。

 その声に気楽な様子で応えた彼女は、ホッケーマスクを被りチェーンソーを構えたいつもの格好で、サブのすぐ傍へと足を踏み出していた。


「っ!?」


 薄く開いた目蓋の間からもはっきりと窺えた殺人鬼の姿に、サブはその身体を硬直させる。

 手足を縛られ、碌に動くことの出来ない彼に出来ることはもはやただ、息を潜め事の成り行きを見守ることだけであった。


「あ、あさひ。お前・・・と、父さん。何をするつもりなの?あさひに何をさせるの!?」


 目の前に現れたのは、先ほどまで一緒にゲームをしていた少女とは、まったく別の存在だ。

 そんなあさひの姿に、ベッドのそばに隠れていた翔は大助の下へと歩み寄ると、不安げな様子で彼の事を見上げていた。


「翔・・・静子、やっぱりよそうこんな事は。あんな子供に人を殺させるなんて・・・それも、僕達の都合で。こんな事、許される筈がない・・・」


 ゆっくりとこちらへと近づいてくるあさひと、大助の間を翔の視線は彷徨っている。

 その速度は、彼の不安の表れだろう。

 息子のそんな姿に、大助も流石にいたたまれなくなったのか、何かを決意するように表情を引き締めると、彼は静子にこんな事を止めるように呼びかけていた。


「何を今更・・・あの子はもう、人を殺しているんですよ!?今更、それが一人増えた所でなんです!?何も問題ないでしょう!!?」

「そ、それは・・・」


 大助の提案を鼻で笑った静子は、そんな事を今更行っても無意味だと主張している。

 確かにあさひは既に人殺しを経験しており、その現場を彼らも目撃している。

 そんな彼女に、今更人殺しはいけないと言い聞かせても意味はないだろう。


「ねーねー?まだぁ?早く殺したいよー」


 そして事実、彼女もまた殺人を楽しんでいた。

 言い争う夫婦の姿に、チェーンソーを抱えたあさひはもう待ちきれないと、その場で足踏みを開始している。

 その姿は、一刻も早く人が殺したくて堪らないというものだった。


「ほら見てください!あの子もそうしたいって言ってるじゃないですか!?それでもあなたは反対するんですか!?」


 そんなあさひの姿を指し示しては、静子は自らの言葉が正しいのだと主張する。

 確かにあさひのその振る舞いは、人殺しを心底楽しんでいるものだろう。

 しかしそれでもと、大助はまだ納得のいかない様子を見せていた。


「・・・もう、待ちきれなぁい!!」


 しかし彼らの話し合いの決着を待つ事なく、事態は動き出していた。

 目の前にぶら下げられた獲物に、ついに我慢出来なくなってしまったあさひは、チェーンソーの咆哮と共に飛び出していってしまう。

 その先には、今だ縛られたままのサブが床へと横たわっていた。


「駄目だ、あさひちゃん!!そんな事、しちゃいけない!!」


 床へと横たわるサブへと一直線に向かっていたあさひはしかし、その途中で大助によって阻まれてしまう。

 チェーンソーを振りかざす彼女の前へと飛び出していくのは、かなりの勇気のいった行為だろう。

 しかし父親として意地だろうか、大助はそれを為し、あさひの身体を受け止めている。

 一度捕まえてしまえば少女の力しか持たないあさひに、彼の拘束から逃れる術はなく、彼女はただジタバタと手足を暴れさせるだけであった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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