集まる人々 2
「ふぁ~、暖っけぇ・・・な、俺の言ったとおりだろ?やっぱやってんだって、ここ」
「えぇ~、ここに行こうって言ったの私じゃん?」
ロッジの扉を開けて入ってきたのは、どこか軽薄そうな見た目をした男と、それに同行している若い女であった。
恐らくカップルであろうと思われるその二人は、吹き荒れる吹雪に苦労しながら扉を閉めると、その奪われた体温に身体震わせては、この建物満ちている暖かい空気に感謝を示している。
「そうだったっけ?ま、そんな事どうだっていいだろ?それより、ほら!」
「きゃ!?」
ここに訪れたのは自らの手柄だと誇る男に、彼女だと思われる女は自らが提案したことだと主張していた。
そんな彼女の主張にすっとぼけた表情を見せた彼は、それを誤魔化すように彼女を引き寄せる。
「な?こうした方が暖かいだろ?」
「・・・もう」
吹雪に冷えた身体には、人肌も恋しくなるだろう。
軽く抱きしめるように女を抱きかかえた男は、彼女の耳元で囁くように言葉を告げる。
そんな彼の態度に、彼女は彼の突然の行動にも文句も言えず、僅かに頬を赤らめるばかりであった。
「な、何だ・・・ただのカップルじゃないか。驚かせやがって・・・」
「良かったじゃないですか、あいつらじゃなくて」
「そ、そうだな・・・ふぅ~」
ロッジの入口でいちゃつきだしたカップルの姿に、それをソファーの陰からこっそりと観察していた夫婦は、ほっと胸を撫で下ろすと安堵した表情を見せていた。
彼らはその縮こまらせた身体を伸ばしてソファーに体重を掛けると、緊張を解すように長々と溜め息をついている。
「えっ!?何々、何があったの?向こうに、何かあるの?」
「な、何でもないのよ翔!ほら、ゲームしてなさい」
「えー!!気になる気になるー!」
両親の態度に、先ほどまで身体を折り曲げては匂坂から借りたゲームに夢中だった翔も、その顔を上げている。
彼は興味津々といった様子で、夫婦が注視していた方へと視線を向けようとしていたが、そこにはもはや衆目を気にせずにいちゃついているカップルの姿があるばかりだ。
そんな存在は教育に悪いと両手を広げて遮る母親の姿に、翔は余計に興味をかられては、そちらを見たいと必死に身体を動かしていた。
「ほ、ほら・・・ここだと目立っちゃうから。子供も見てるし・・・」
「あぁ?別にいいだろ?教育の一環になるさ。それに・・・お前も見られて感じてんだろ、実は?」
唇を塞いでいた男のそれから顔を背けた女は、ここでは不味いと視線を俯かせる。
その振る舞いには、彼女達の姿をキラキラとした瞳で注視している翔の存在も無関係ではないだろう。
そんな彼女の行動に男は不満げな表情を見せると、そっと彼女の下腹部へと手を伸ばし、その下着の内側へと手を伸ばしていた。
「んぅ!?もう!いいから、行くの!!」
「っとと!分かった、分かったって!!」
熱を帯びた吐息は、感じてしまった身体を隠せはしない。
触られた感触に思わず湿った声を上げてしまった女は、それを誤魔化すように声を荒げると、男の身体を突き飛ばすように奥へと押し退けていく。
彼女のそんな態度に、流石にこれ以上は不味いと悟ったのか男もそれに素直に従い、このロッジの従業員が待っているフロントへと進んでいった。
「ここって結局、何なの?え?宿泊出来んの?じゃあ、とりあえず一泊で・・・っとと」
フロントへと歩み寄った男は、ここがそもそもどんな施設なのかと尋ねている。
このロビーの様子を見れば、それは一目で分かりそうなものであったが、彼にはどうやらそれは当てはまらなかったらしい。
従業員らしい夫婦から、ここが宿泊できる施設だと聞いた男は、横に並んでいる彼女に一度視線をやって確認を取ると、ここに一泊すると彼らに話していた。
「うおっ!?マジかっ!」
「・・・何?」
「えっ!?いやいやいや、何でもない何でもないって!ちょ、ちょっと俺はトイレ行ってくるからさ、あそこで待ってって!」
震えた腰に、着信を告げるスマホを取り出した男は、そこに表示された文字に慌てるように声を漏らす。
男のその不審な様子に女は何があったのかと尋ねるが、男はそれを早口で誤魔化すとそのままトイレへと駆け込んで行ってしまった。
「何なのよ、もう・・・あれ?」
男に置いていかれた女は一人、途方に暮れたようにその場に立ち尽くす。
それも長くは続かず、彼女は匂坂達が休んでいる場所へとそっと歩みを進め始める。
そこで彼女は、何かに驚くように目を見開いていた。
「えーっと、なんて名前だっけ・・・そうだ、匂坂だ匂坂!おーい、匂坂君!私、私!」
こちらへと手を振り名前を呼んでいる女性、飯野巡は同じ大学に通う同学年の女性だ。
何かと目立つ彼女の名前と顔は知っていても、その関係は数回言葉を交わしたという程度しかない。
そんな相手から、こうもはっきり呼び掛けられれば、戸惑ってしまうのも無理はないだろう。
「え、えーっと・・・飯野さん、だよね?」
「そうそう!飯野、飯野!飯野巡!いやー、すごいよね!こんな所で知り合いに会うなんて!!匂坂君は、どうしてここにきたの?」
「い、いや・・・まぁ、ちょっとした旅行というか・・・んん!」
知り合いと呼べるような関係でもないにもかかわらず、気持ち的にも物理的にもグングンと距離を詰めてくる飯野に、匂坂は気まずそうに僅かに身体を反らしている。
彼女の話のペースについていけない匂坂は、それを誤魔化すように残していたコーヒーを啜っていた。
「ちょ、ちょっとごめん!お手洗いに・・・」
「えー!君もなのぉ?」
幾ら利尿作用のあるコーヒーを一気に飲み干したといっても、それが即座に効果を表す訳もない。
匂坂がトイレへと足を急がせたのは、何も尿意が一気にやってきたからではなく、その気まずい空気から逃れるためだろう。
二度も連続して同じ理由で話し相手が目の前から立ち去っていく現実に、飯野は不満そうに表情を歪めて見せていた。
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