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痴情の縺れとその結末 2

「よ、ようやく抜けた・・・よーし、次は」


 下妻のお腹にぽっかりと大穴を空けた少女は、そこから苦心してチェーンソーは抜いては、安堵の吐息を漏らしている。

 彼女はようやく自由になったチェーンソーのエンジンを再開させると、次の得物へと目を移す。

 その先には真っ青な顔で怯える、美倉の姿があった。


「ひぃぃぃ!?こ、来ないで!!来ないでよぉ!!!」


 少女の細腕では扱うのも一苦労なチェーンソーを抱えている、彼女の動きは遅い。

 そのスピードは、美倉が冷静にその場から逃げ出せば十分に間に合うほどのものだ。

 しかし目の前で起きた凄惨な殺人にすっかり怯えてしまっている彼女は、まともに足を動かすことが出来ずに、ガタガタと震える両足を何とか一歩一歩進ませる事しか出来ずにいた。


「きゃあ!?な、何っ!?」


 それでもどうにか稼ごうとしていた距離は、何かに躓き倒れ付したことによって台無しになってしまう。

 突然つま先へと引っかかった感触に、美倉はそれが何か分からずに振り返る。


「逃がさない・・・貴女だけは、貴女だけはぁぁぁっ」


 そこには彼女を道連れしようと腕を伸ばす、下妻の姿があった。

 床へと倒れ付し、今もどくどくと血液を垂れ流し続けている彼女はしかし、まだその命を失ってはおらず、美倉だけは逃がしはしないとその瞳を爛々と輝かせていた。


「離せ、離せよ!このっ!!このっ!!!」


 掴まれた片足に、美倉は空いている右足で彼女の顔を蹴りつける。

 しかし、既に致命の傷を受けている下妻に、今更その程度の傷みなど効果がある筈もない。

 事実、幾ら顔を蹴りつけられても、彼女は表情さえ変えずに美倉の足を掴み続けていた。


「恋君、恋君!お願い、助けて!!」


 死に瀕した者の執念か、下妻の腕はとてもではないが外せそうもない。

 その状況に、美倉は滝原へと助けを求める。


「で、出口は!?くそっ、窓はさっき・・・!」


 しかし、彼女から助けを求められた滝原は、自らの逃げ道を必死に探している所であった。

 後ろへと振り返り窓から逃げようと考える滝原だが、そこは目の前の少女に侵入されないように塞いでしまっている。

 それを取り除く隙を、その少女が見逃す筈もない。

 進退窮まった滝原は、吐き捨てるように悪態をつくとその場に二の足を踏んでしまっていた。


「に、逃げちゃ・・・駄目だよ?」


 そんな滝原の姿に、少女は困ったように視線を向ける。

 しかしその視線は、彼女が手にしている血塗れのチェーンソーに、十分過ぎるほどの恐怖を滝原に与えてしまっていた。


「ひ、ひぃぃぃ!!?あ、ああ・・・あぁあぁぁあぁぁっ!!!」


 余りの大き過ぎる恐怖に、滝原は混乱し暴走してしまう。

 正常な判断力を失った彼は、もはや考えなしに走り出してしまっていた。

 その向かう先は当然、この部屋唯一の出入り口だ。


「だ、駄目だって。きゃあ!?」


 無防備に少女が立ち塞がっている出入り口へと向かう滝原に、彼女は当然それを止めようと手を伸ばす。

 しかし小柄な彼女に、もはや目の前の何もかも見えていないという様子で暴走している彼を、止める術などない。

 猛烈な勢いで駆け込んできた滝原に、少女はあっけないほど簡単に弾き飛ばされてしまっていた。


「うぅ・・・酷いよぅ」


 突き飛ばされてしまった少女は、その時に落としてしまったチェーンソー拾って立ち上がる。

 そのチェーンソーはその際に誰かの身体を削り取ってしまっていたが、それは些細な問題だろう。


「逃がしちゃった・・・ま、いっか。まだ獲物はいるもんね」


 既に見えなくなってしまった滝原の姿に、落ち込む少女はしかし、すぐに気を取り直す。

 何故なら、彼女にはまだお楽しみが残っているのだ。


「じゃあ・・・始めよっか?」


 少女はゆっくりとチェーンソーを掲げ、そのお楽しみへと歩み寄る。

 そこには今だ、下妻から足を掴まれ、もがいている美倉の姿があった。


「嫌、嫌・・・嫌嫌嫌ぁ!!お願い、許してぇぇぇ!!!」


 ゆっくりと近づいてくる少女に、チェーンソーの耳障りな動作音がその存在をはっきりと伝えてくる。

 自らの足にしがみつく下妻から必死に逃げようとしていた美倉も、それを耳にすればそちらへと目を向けざるを得ない。

 そうして彼女は、そこに自らの死の姿を見ていた。


「何で?ボクは、楽しいよ?」


 嫌々と首を振りながらそれを否定し、必死に命乞いを叫ぶ美倉に、少女は心底不思議そうに首を傾げている。

 その姿に、美倉はようやく気付く。

 目の前の存在が、話など決して通じることのない化物である事を。


「あ、あぁ・・・あぁぁ・・・あぁあぁあぁぁぁぁっっ!!!」


 もはや希望などないという絶望に、見開いた美倉の瞳は大きい。

 それはやがて、その瞳孔までをも開いてしまうだろう。

 響くチェーンソーの咆哮に、悲痛な悲鳴が重なって、それは歪な狂想曲を奏でる。

 それはしばらく、鳴り止むことはなかった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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