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九条一華と匂坂幸也 2

「・・・お前を信用出来ない」

「そうでしょうね。でも考えてもみなさい、私の弟の力也はあの体格よ?貴方一人にどうにか出来ると思って?でも私なら、彼を油断させることが出来る。どう、悪くない話じゃないかしら?」


 利害の一致を語る一華にも、匂坂は彼女を信用出来ないと鋭い視線を向ける。

 そんな彼の言葉に、一華当然だと足を組み直していた。

 彼女は足を組み直した事で僅かに変わった座り心地を整えると、自分達が組むメリットを説明する。

 それは、力也に対する対処であった。

 確かにとても立派な体格をしている彼の相手をするには、匂坂はあまり頼りない。

 彼の体格では、力也に簡単に組み伏せられてしまうだろう。

 しかし力也の姉である一華ならば、彼を油断させることが出来るという。

 力也を油断させることが出来ても、それを仕留める力を持たない一華と、彼を仕留めることが出来てもそこまで届く術がない匂坂、その二人はとても都合のいい組み合わせに思えた。


「・・・九条の者は他にもいる。僕はあの子を殺す気はない」


 一華の筋の通った提案を即座に否定することの出来ない匂坂は、彼女を牽制するようにその腹を探ろうとする。

 一華はまるで力也さえ亡き者にしてしまえば、後は自分の天下だと語っているが、九条にはまだ要の娘である百合子もいるのだ。

 それも自分に殺させるつもりなのではないかと、匂坂は疑っていた。


「親族連中なんて物の数にも・・・あぁ、何?貴方、あの子の事を言ってるの?いいのよあの子は、放っておいても。あんな脳みそに、あの・・・あれが・・・何だったかしら?」


 九条の本家に比べれば、親族連中など物の数にもならないと語る一華は、匂坂が懸念しているは百合子の事だと気付いて、鼻で笑っている。

 一華は百合子など放っておけばいいと笑い、その無害さを彼女のような人間が好みそうな物で例えようとするが、それがうまく出てこずに詰まってしまっていた。


「・・・タピオカ?」

「あぁ、それよそれ!タピオカが詰まってそうな子なんて、相手にもならない。貴方にお願いするのは、力也だけよ。どう、これで納得いったかしら?」


 そんな一華の姿に、お互いに腹を探っている筈の匂坂が助け舟を出したのは、彼女の年齢を慮ったからか。

 匂坂の言葉に胸のつかえが取れたと膝を打った一華は、自らの表現に満足げに頷くと、殺すのは弟の力也だけでいいと、改めて匂坂に提案する。

 その提案に、匂坂は一歩、彼女の下へと歩み寄っていた。


「・・・分かった、協力しよう」


 ナイフの刃もまだ出したままに近づいてくる匂坂に、一華は僅かに身構えている。

 しかしそれも、彼が刃をしまい協力を約束する言葉を告げるまでだ。

 匂坂のその声に一華は表情を和らげると、彼が差し出した腕を取ろうとベッドから立ち上がろうとしていた。


「賢い選択ね。じゃあ早速で悪いんだけど・・・」

「―――まだ、お前が黒幕じゃないと決まった訳じゃない」


 握手をするために一華が伸ばした腕を捕まえた匂坂は、そのままその腕を拘束すると彼女をベッドへと押し倒す。

 そうして一華に馬乗りになった匂坂は、左手に持ち替えたナイフを彼女の首筋へと突きつけていた。


「あら、いいの?私をここで殺しても。力也を殺せなくなるわよ?」


 動きを拘束され、首筋にナイフを突きつけられても、一華の余裕は消えることはない。

 寧ろそれは、匂坂に押し倒されてさらに増したようにすら感じられた。


「・・・貴女が黒幕なら、その心配もなくなる」

「ふふっ、それもそうね」


 匂坂の動きを面白がるように唇を歪めた一華は、自分を殺せば彼の復讐が達せられないと問い掛ける。

 しかしその条件は、力也が彼の復讐の相手であった場合の話しだ。

 一華が彼の家族を殺した黒幕であったなら、ここで彼女を殺せば済むと語る匂坂に、彼女は思わず笑みを零してしまっていた。


「でも、言ったでしょ?私はその時、この国にいなかったって」

「それは、潔白を意味しない。貴女は何故、母さんの名前を知っていた?答えろ!」


 匂坂の家族が殺された時、一華はこの国にいなかったという。

 それをもって潔白を主張する彼女に、匂坂はそれでは不十分だと突っぱねる。

 彼は寧ろ、一華が母親の名前を知っていた事実が気になるようで、その理由を引き出そうと彼女の首筋にさらに際どくナイフを突きつけていた。


「女の勘よ。あぁ、冗談ではなくてね。父親に女の影を感じたら、こっそり調べるのが娘の嗜みでしょう?それで知ったのよ。どう、これで満足してくれたかしら?」


 自分が匂坂の母親の存在を知っていたのは、父親の愛人の存在に気がついたからだと一華は語る。

 確かに彼女に動かせる金額を考えれば、一人の人間の素性を探るなどいとも簡単だろう。

 その事実を知ったことに悪意はないと語る一華に、果たして匂坂は納得するだろうか。


「・・・そうか。それで僕の、妹の存在を知ったから殺したのか。愛人の、九条の子である僕達を!!」


 答えは、否だ。

 母親の素性を調べたという事は、その子供である自分たちの事も知ったということ。

 であるならば、それが許されない存在であることも知った筈だ。

 それは自分達を殺そうとするには十分な理由だと、匂坂は激昂する。

 一華に突きつけたナイフは、もはやその皮を抉ろうとしていた。


「取ってきたわよ!!ほら、早く開けなさいよ!!」


 その時、扉の外から苛立ったような大声と、激しくノックする音が響いてくる。

 どうやらそれは、一華の鞄を取りに行っていた飯野が帰ってきたものであるようだ。


「どうするの?彼女、帰ってきたみたいだけど?」

「今なら、まだ・・・貴女を殺して、逃げることも出来る」


 ドンドンと激しくノックされ、軋んでいる扉へと目をやる一華は、もう時間はないと告げている。

 しかし匂坂は彼女の首筋に突きつけたナイフを離そうとせずに、猛吹雪か渦巻いている窓の外へと目をやっていた。


「そう・・・ならっ!」

「何をっ!?んんぅ!!?」


 匂坂の返事に残念そうに吐息を漏らした一華は、彼の頭を巻き込むように腕を伸ばすと、口付けを交わす。

 命を握られている状況で彼女がそんな振る舞いをするとは考えなかった匂坂は、それに対応出来ずに為すがままとなっていた。

 しかしそれは果たして、それだけが理由だろうか。

 響くねっとりとした水音に、匂坂の腕や足はゆっくりと脱力していくようだった。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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