そして椿子だけが残される
「お、俺達も部屋に戻らない?その、夏香ちゃんに秋穂ちゃん?」
段々と人が離れていき、いつの間にかガラガラとなってしまったロビーに、滝原は不安そうに自らの両脇を抱える二人の女性に、そう呼びかける。
「恋君がそういうならー・・・わ、た、し、は!いいよ?」
滝原の提案に、あくまで自分は賛成だと強調する下妻秋穂は、その豊かな胸を彼に押し付けては甘えた仕草を見せる。
「私も勿論、賛成だけどー・・・恋君が泊まってるのって、二人用の部屋だよね?じゃあー、一人多いんじゃない?」
滝原の提案にこちらも賛成を示した美倉夏香は、彼が泊まっている部屋が二人用だと強調し、暗に一人余計なんじゃないかと示している。
「あぁん?それって私が邪魔って言いたいわけぇ?」
「あら、そんな事言ってないんだけど・・・でも自分からそういうって事は、自覚あるんじゃないのー?」
美倉の言葉に反応し、彼女が自分を除け者にしようとしていると牽制する下妻は、表面上は穏やかな態度で彼女に語りかける。
しかしそんな下妻の態度に、美倉はそれ見たことかと彼女の言葉の揚げ足を取っては、勝ち誇った表情を見せていた。
「あー、やだやだ!これだから、文系女は・・・ね、こんな腹黒女放っておいて、私達だけで部屋にいこ?そうしたらぁ・・・私自慢のこれでぇ、気持ちいいことしてあ、げ、る」
「・・・ごくり。そ、そうだなぁ・・・それなら二人で」
自分を排斥しようとする美倉の言葉に、下妻は逆にそれを利用すると、彼女を悪者へと仕立て上げていた。
下妻は美倉から隠れるように滝原へと身体を寄せると、その自慢のバストを彼へと擦りつけ誘惑する。
その凄まじい感触に思わず滝原も生唾を飲み込み、目の前の状況も忘れそれについていこうとしてしまっていた。
「いいのかなぁ・・・そんな女の脂肪の固まり釣られて?私ならぁ・・・ここでぇ、気持ちよくしてあげるんだけどなぁ・・・どういう事か、滝原君なら分かるよね?」
「・・・ごくり。そ、それも魅力的だなぁ・・・」
下妻に連れて行かれそうな滝原に、美倉はおもむろにブーツを脱ぎ捨てると、そのストッキングに包まれた足を見せ付けていた。
そのすらっとしたシルエットを見せ付けては、足先を意味あり気に動かしている彼女は、その唇にどこかから取り出した飴玉を加えている。
それがどういった行為に使われるかは分からないが、それを目にした滝原はゴクリと生唾を飲み込むと、ふらふらとそちらへと引き付けられてしまっていた。
「ありゃ、いつまで経っても決まらねぇな」
そんな彼の姿をなんともなしに観察していた力也は、そう呆れたように呟いている。
彼は先ほどから碌に反応も返さなくなった椿子をどうしたらいいか分からず、フロントに寄りかかっては彼女の事を見守ることしか出来なくなっていたようだ。
「ああいう態度はー、破滅を招くと思うなー」
「そうか?まぁ、確かに良かねぇとは思うが・・・それは何だ、女の勘って奴か?」
「まぁ、そんな感じー?」
力也の言葉に反応したのか、スマホへと落としていた視線を上げた百合子は、そんな不吉な言葉を告げる。
彼女の言葉になんとも言えない表情を見せた力也は、自分にも覚えがあったのだろうか。
「しかし、皆いなくなっちまったな・・・姉貴はともかく、こういう時は一箇所に集まってジッとしとくもんじゃねぇのか?なぁ?」
滝原達もゆっくりとしたペースながら自分達の部屋へと戻っていった今、この場に残っているのは力也達三人と、従業員の夫婦しかいない。
そんなロビーの様子をゆっくりと見渡しながら、力也はどこか不思議そうにしていた。
彼はこんな状況であれば、皆で一箇所に集まって身を守りあうべきだと考えているようだ。
「・・・叔父さんも、部屋に戻る?」
「ん?いや、これをここにおいていく訳にいかねぇだろ?抱えていけなくもないが・・・」
各々に部屋へと戻っていく他の連中の様子に、不思議そうにしている力也へと百合子は彼も部屋に帰るのかと尋ねていた。
そんな彼女の言葉に、彼は椿子をここにおいていく訳にはいかないと、至極真っ当な言葉を返している。
「ふーん。ねぇ、叔父さん。私も叔父さんの部屋に泊まっていい?」
「あぁ?そりゃ、構わねぇが・・・何だ、疲れたのか?」
力也の返事にあまり関心無さそうな反応を示した百合子は、僅かに上目遣いをしてはねだるように彼へと声をかける。
その内容は今夜一緒に過ごそうというもので、こういった状況でなければ勘違いされてしまいそうな内容であった。
しかし殺人鬼に狙われている今に、一緒に夜を明かそうとすることは力也の考えにも一致しており、彼もそれを断りはしない。
「そうかも。じゃ、ごーごー」
力也の気遣う言葉に適当に返事を返した百合子は、彼の部屋へと泊まることを了承されたという事実に基づいて、彼の背中を押していく。
「お、おい!?あれはどうすんだよ!?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ママは放っておいても何とかなるからー」
「本当かよ、おい!?」
気の抜けたような平坦な掛け声を上げては背中を押してくる姪に、力也は為すがままに流されていってしまう。
彼は虚空を見つめては、何やらぶつぶつと呟いている椿子の事を心配するが、その実の娘から気にするなと言われれば、それ以上追求することも出来ない。
「・・・それにママがそこにいれば、囮にはなるし」
そう呟いた声は密かに、彼女の目の前にいる力也にも良く聞き取れない。
百合子に背中を押されている彼には、彼女が椿子に見せた冷たい視線も目にすることは叶わないだろう。
「何か言ったかぁ?」
「ううん、何もー」
微かに聞こえた声に尋ねた力也にも、百合子は何でもないと軽く否定している。
百合子のその言葉にもはや疑問も感じなくなったのか、力也は彼女に押されるままに部屋へと戻っていく。
その後には、虚ろな瞳をした椿子だけが残されていた。
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