荒れる椿子
「どうして!?今すぐ警察を呼びなさいよ!!夫が殺されたのよ!?どうしてこんな状況で、警察を呼べないの!!!」
凄惨な殺人があった現場に、そう長く居座ろうとする者などいない。
そのため彼らは皆一様に、このロッジのロビーへと戻ってきていた。
そんなどこか思い雰囲気が漂うこの場所で一人、キンキンと鳴り響く金切り声を響かせる者がいた。
それは何を隠そう、その殺人の被害者である要の妻の九条椿子であった。
「で、ですからお客様!先ほどから通報しようはしています!しかし電話が通じないのです!!」
「だったら、それを何とかしなさいよ!!!」
ヒステリックにこのロッジの従業員へと食って掛かっている椿子は、彼に盛大に唾を撒き散らしながら何事かを喚き散らしている。
しかしその内容は、一刻も早く警察を呼んで欲しいという、至極もっともなものであった。
ただし、それがもう何十回と繰り返されたやり取りでなければ。
「・・・電話線が切られてったって事?それって、やばくね?」
ヒステリックに喚き散らすだけの椿子と違い、その後ろで控える百合子は従業員の言葉から重要な事実を汲み取っていた。
彼の話では、今このロッジは電話が通じないらしい。
それはこの事件を見越して、予めあの殺人鬼が電話線を切っていたことを意味している。
「百合子!貴方も何のんびりしてるの!?お父さんが殺されたのよ!貴方も早く、それで警察を呼びなさい!!」
「いや、電波ないし」
「貴方まで口答えするの!?いいから、やりなさい!!!」
しかしそんな娘の冷静な言葉も、頭に血が上った椿子には通用しない。
椿子は冷静な態度を崩さない娘が気に入らないとばかりに怒鳴り散らすと、彼女にも警察を呼ぶように要求している。
しかしこのロッジは先ほどから、悪天候のためか電波が入らない状況だ。
それを冷静に告げる娘に、またも椿子は理不尽に喚き散らしていた。
「まぁまぁ、それぐらいにしときましょうや、椿子さんよぉ。あんたも分かってんだろ?喚き散らしても無駄だって?」
「・・・貴方も一応、今は九条の者なのよ。一族の評判を下げる振る舞いは、よして欲しいわね」
そんな彼女の事を、制止する者がいた。
それは同じ九条の者である、力也と一華である。
彼らはそれぞれに、彼女を大人しくさせようと声を掛けるが、そんな彼らに椿子はキッと表情をきつくしていた。
「貴方達が・・・貴方達がそれを言うの!!?夫を、要さんを殺し―――」
遺産で揉めている家族間で、それを一番多く貰える筈であった長男が殺された。
その状況で、揉めていた当人である姉弟を疑うなというのが無理な事であった。
そして椿子は当然の如く彼らがそれをやったと決め付け、そう口にしようとする。
「おっと、それ以上は言うなよ?それ以上口にしちゃ、流石に温厚な俺でも容赦出来なくなるぜ?」
しかしそれははっきりと口に出す前に、力也によって塞がれてしまう。
このロビーには、このロッジに滞在するほとんどの人が集まっている。
そんな場所で、そんな言葉を口走らせる訳にはいかないと、力也は椿子の口を押さえながら凄んで見せていた。
「いや、それはないでしょ?叔父さん達がパパを殺したんなら、私らが無事な訳ないじゃん」
口を押さえられながらも、椿子は決して屈しないと力也を睨み返している。
そんな母親の後ろで、百合子は彼女の考えはありえないと否定の言葉を告げていた。
「あら?中々分かっているじゃないの、百合子。そうよ、私達ならそんなへまはしないわ」
「だよね~」
そんな彼女の発言に、椿子は信じられないと目を見開いている。
彼女が驚いたのは娘の発言にだろうか、それとも彼女が夫を殺した犯人だと疑っている一華と和やかに会話している娘の姿が信じられなかったからだろうか。
「ま、そういうこったな。分かってくれたかい、椿子さん?」
百合子が話した事が、まさに自分達が説明したかった事だと納得した力也は椿子を解放すると、彼女の機嫌を窺うように覗き込んでいる。
しかし彼女はそんな彼の振る舞いにも反応を示そうとせず、何やらぶつぶつと呟き続けていた。
「あぁん?こりゃ、不味いか・・・?」
「そんな事よりさ、叔父さん。叔父さんの車で、今から山を降りられない?」
「そんな事ってお前、自分の母親の・・・まぁ、お前がいいならいいんだが。何?今から山を降りるって、そりゃ・・・流石に無茶だろ」
力也がそんな椿子の反応を心配していると、その娘である百合子がそんな事よりも早くここから出ようと彼に話しかけてくる。
百合子のそんな振る舞いに戸惑う力也も、本人がそれでいいならと納得を示すと、彼女の提案が可能なのかと視線を巡らせる。
そうして彼は、ある一点を彼女へと示していた。
『夕方から降り続いた雪は、今夜未明に掛けても振り続ける見込みで、より一層の警戒が―――』
そこには、このロッジから抜け出すことなど出来ないという、ニュースがテレビから流れ続けていた。
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