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雪山一夜物語 クソザコ殺人鬼VS絶対に殺して欲しい奴がいる生存者達  作者: 斑目 ごたく
それは吹雪の中で始まる
14/70

それぞれの思惑 4

「あ、あれ?ぬ、抜けない。な、何で?」


 しかし床に突き刺さったチェーンソーは、少女の細腕ではビクともせず、彼女はそれに手を伸ばしては戸惑うばかりであった。


「?おらぁ!!」

「ぴぎゃ!?」


 チェーンソーへと手を伸ばしたのにもかかわらず、こちらを攻撃してこない少女の姿に一瞬戸惑った力也も、その振るった腕までも止める事はない。

 抜けもしないチェーンソーへと手を伸ばし、それを必死に抜こうとしていた少女は、その腕に対して何も身構えることもなく、見事なまでにクリーンヒットして吹き飛ばされてしまっていた。


「なんだぁ?随分あっけねぇなぁ・・・」

「いいから、早く退きなさいよ!重たいのよ、貴方!」

「お、おぅ・・・」


 あっさりと弾き飛ばされてしまった少女に、力也どこか釈然としないものを感じて首を捻っている。

 しかし彼に下敷きにされている一華はそんな事関係ないと、さっさとそこを退けと彼にせっついていた。


「うぅ・・・何で?何で、こんな事するのぉ・・・?」


 力也に弾き飛ばされた少女は、その揺らいだ意識を取り戻すように頭を支えながら、ゆっくりと立ち上がっている。

 そこは先ほどよりもずっと、この場へとやってきた飯野に近い場所であった。


「飯野さん、そこは危ない!こっちへ!!」

「め、巡!そこはやばい!!早くこっち、こっち来いって!」


 飛び掛れば一息で届いてしまいそうな位置に立っている飯野に、二人の男がこちらに来いと声を掛けている。

 それは彼女の恋人である滝原と、知り合いでしかない匂坂であった。


「・・・匂坂君!」


 しかし彼女が選んだのは、匂坂であった。

 僅かな沈黙の後に、滝原へと冷たい一瞥をくれた飯野は、軽く跳ねるような駆け足で匂坂の下へと飛び込んでいく。


「えぇ~・・・そっち行っちゃうのぉ?」


 恋人である自分を選ばずに、他の男の下へと走った飯野の姿に、滝原は未練がましく腕を伸ばしている。

 彼は彼女のその振る舞いが理解出来ないと口にしていたが、その原因は彼の背後から今まさに現れようとしていた。


「れーんくーん?どこに行ったのかなぁ?」

「れんれーん、でーておいで!」


 廊下に響いた場違いな声は、滝原の事を探している二人の女性の声だろう。

 こんな状況で聞きたくなかったその声に、彼は思わず背中を跳ねさせる。


「こ、こんな時にっ!?あわわわ・・・ど、どうしようどうしよう!?む、向こうに逃げられないし・・・」


 迫る二人の声に、滝原は思わず頭を抱えてしまう。

 彼女達から逃げ出したい望む彼も、その逃げ道には血塗れな少女が佇んでいる。

 そんな状況に進退窮まった彼は、きょろきょろと辺りを見回しては、必死に逃げ道を探そうとしていた。


「ま、まだ来るの・・・?うぅ、怖いよぉ」

「っ!?ひぃぃ!!?」


 近づいてくる声は、その少女にも気になったようで彼女はそちらへと視線を向ける。

 しかしその視線は、滝原にとっては次の狙いを品定めする眼差しにも感じられる。

 そんな眼差しを向けられてしまえば、彼がその場に留まることなど出来ないだろう。

 悲鳴を上げた滝原は、一目散にその場から逃げ出してしまっていた。


「ちっ、向こうには食いつかねぇのかよ・・・おい、おっさん!余計な事すんな!」


 背中を向けて逃げ出していく滝原は、殺人鬼にとっては格好の得物であろう。

 しかしその血塗れの少女は、それを追う仕草を見せずにむざむざ見逃してしまう。

 そんな彼女の姿に、自分達以外にターゲットが移るのではと密かに期待していた力也は、悔しそうに舌打ちを漏らす。

 そんな彼の視界の端に、何やらやらかそうとしているおっさんの姿が映っていた。


「私が、私が家族を守らないと・・・うおおぉぉぉ!!!」


 目の前に殺人鬼、そして後ろに家族という状況に置かれた父親、大助はその胸に奥に眠らせていた使命感に火をつけてしまう。

 彼は近くに置かれていた大きめの花瓶を手に取ると、それを振り上げては雄叫びを上げる。

 それは、それを使って殺人鬼と戦うという決意の声だろう。

 事実、彼は少女に向かって一歩踏み込んでは、それを彼女に向かって投げつけていた。


「馬鹿が!下手に刺激しちまったら、奴が何するか・・・ん?」


 今まで大人しくしていた殺人鬼を、下手に刺激するなと力也は叱責する。

 そんな大した攻撃にもならないもので刺激された少女が、どんな行動を取るのかと警戒する彼はしかし、注視したその姿に意外な姿を目にしていた。


「ひぃぃ!?何だよぉ、皆してボクをいじめるかよぉ・・・」


 極度の興奮によって投げつけられた花瓶は、少女の身体を捉えてすらいない。

 しかしその足元へと花瓶を投げつけられた少女は過剰なまでにそれに怯え、震えた指を彼らへと突きつけていた。


「お、おぼえてろよぉぉぉ!!!」


 そうして、彼女は捨て台詞を吐いては、自らが入ってきた窓へと再び飛び出していく。

 その後に残されたのは、何ともいえない気まずい沈黙であった。


「・・・何だったんだ、あいつは?」

「さぁ?でも、兄さんが殺されたのだけは事実なんでしょう?」

「まぁ、な」


 大作による攻撃ともいえない攻撃によって撃退されてしまった殺人鬼に、力也は意味が分からないと彼女が去った方を見つめては不思議そうな表情を見せている。

 そんな彼の言葉に一華もまた同意する様子を見せていたが、彼女はそれよりも壊れたドアの先に覗いている兄の死体の方が気になるようだった。


「何ですか、あなた達は!?私達の部屋の前に集まって!!私が九条の者だと知っての事ですか!?」

「うーん・・・ママさぁ、多分それ所じゃないと思うよ?」

「あなたは黙ってなさい!そんなのだから、周りに舐められるんです!!誰ですか、責任者は!?出て来て説明なさい!!」


 騒動に集まった者達が、皆一様に何ともいえない沈黙を抱えている中、騒々しい声を響かせながら近づいてくる者がいた。

 それは殺された要の妻である椿子と、その娘である百合子である。

 椿子は自分達が宿泊している部屋の前に集まっている人々に、何をしているのかとヒステリックに問い掛けていた。

 そんな母親の振る舞いに、この場の雰囲気がそんなレベルの問題ではないとすぐに察した百合子は彼女を諌めようとするが、彼女はそれに聞く耳を持たない。


「・・・あれに、誰が説明するの?兄さんの事」

「そりゃ・・・俺か、姉貴しかいねぇだろ?」

「はぁ・・・そりゃそうよね。あぁ、面倒臭い」


 今まさに、一番近くに佇んでいた匂坂に絡みに行っては、その傍にいた飯野と言い合いをしている椿子の姿に、一華はうんざりしたような表情を見せている。

 彼女の夫が死んだという事実を伝えるのは、当然その身内である彼らの役割であろう。

 しかしそれを伝えた後の事を考えると、重たい気持ちになってしまうのも無理はないという話しだ。

 さめざめと溜め息を吐く一華に、力也も同意するように表情を歪めている。

 そうして彼らの予想通り、椿子は荒れに荒れた。

 ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

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