幕間 『金』の暴走 2
7歳になる少し前に、病で長年病床にいた陛下が崩御した。
王太子として陛下の政務のほとんどをこなしていた父上が即位したのはそれからすぐのことだった。
恙無く即位式が行われました、という報告を受けたのみだったが。
そもそも今のところ私はいない子なのだ。
信用の出来る者のみということで教師や従者も一時つけられたものの、常に一緒にいるのはエドガーだけだ。
そのエドガーすら、護衛という名の監視役だ。
私に『家族』というものはない。
母のような温もりを与えてくれたドロテーアはもう傍にいない。
ドロテーアとの思い出に浸りたくて離宮に行っても、結局孤独を再確認してしまう。
私はどうして生まれたのだろう。
父上と母上からは、その『金』だけで存在価値があるようなことを言われたけれど、そんなものいらなかった。
『金』でなければ、魔力に身を蝕まれることもなく、他者を傷つけることに怯えなくても良かった。
隠されて育つこともなかった。
怖がられることなく、普通に人と関わりたかった。
どうして父上のように、『金』でも普通に生まれなかったのか。
どうして
どうして
感情に、魔力が引きずられそうになってはっとする。
いけない。考えすぎてはならない。
8歳まで数か月という折、父上の重臣だという男が部屋にやってきた。
このまま何事もなければお披露目となるため、その準備を任されたという宰相補佐の男だった。
「はじめまして、クラウディオ様。おお、誠に見事な『金』ですな…」
その目と声色には、『金のくせに魔力に食われそうになっている憐れな子だ』という嘲りが感じられた。
考えすぎかもしれないが、最近そんな思考よりになってしまう。
「私はアレクシス様やソフィア様ともお会いしたことがありますが、私のような者にも朗らかに接してくださるのですよ」
アレクシスとソフィアは、名前だけ聞いたことがある私の兄妹だ。
聞いてもいないのにそんな話をしてくるのは、私が兄妹に比べて愛想のかけらもないと言いたいのだろうか。
「お二人は、よく陛下と王妃様とお茶会などされているそうですが…クラウディオ様はご一緒されたことはないのですか?」
「何のお話ですか?」
昏い感情に囚われそうになる。
この男は一体何をしに来た?
分かっている、言われなくても私が家族の一員としてみなされていないのは分かっている!
今更それがどうしたというのだ!
「!危険です!お下がりください!」
エドガーが、私と宰相補佐の間に割り込んだ。
その途端、ボッ!と音を立ててカーテンが突然燃え上がった。
エドガーがそちらに向けて手を振ると、さっと消える。
宰相補佐の男が転がるように部屋を出て行った。
一気に膨れ上がった自分の魔力を感じて、昏倒しそうになる。
「ま、ずい…」
生まれたばかりの頃に比べて、今の方が魔力が上がっている。
これが外に向けて溢れてしまったら、どうなるか分からない。
咄嗟に離宮に転移した。
床に転がる。
必死に魔力を抑え込もうとするが言うことをきかない。
胸が焼けるようだった。
苦しい
私のようなものは、独り死んでいくのだろうか。
体が熱くて、額に汗が滲む。
もう上手く息ができなかった。
「誰…か、」
たすけて
その瞬間、心地よい風を感じた。
風?閉じられた離宮なのに?
「どうしたの?くるしい?」
突然小さな子どもの声がして、はっと目を開けた。
「だいじょうぶ?」
意識が朦朧としてはっきり分からないが、小さな手がこちらに伸ばされている。
だめだ。私に触れてはいけない
伝えようとしたが叶わず、額にひんやりとした手が添えられた瞬間―――
体から一気に魔力が抜け、そのまま意識を失った。