幕間 『金』の暴走 1
物心ついた頃には既に、自分の中の魔力と戦っていた。
生まれた時には待望の『金』の子だと王太子である父上、母上ともに喜ばれたらしいが、すぐに強すぎる魔力によりその身が蝕まれていることが分かり、常に生きるか死ぬかの瀬戸際にいた。
魔力暴走を起こすこともあり、それが外に向いていたこと――溢れて暴走した魔力が魔法となって発現し、王城の部屋を火事にしたことから、城から離れた場所に建てられた離宮で過ごした。
ずっと私を育ててくれたのは、ドロテーア=ストランドという女性だった。
数日置きに熱を出して倒れる私を介抱してくれたり、薬を作ってくれたり、症状の落ち着いている時に礼儀作法を教えてくれたり、魔法を教えてくれたのもこの人で、『自分は報酬をもらって仕事として貴方といるだけの人間ですよ』と私との間に線引きをしていたけれど、それを忘れるくらい、本当の母なのではないかと思ってしまうくらい慈しんでくれた。
記憶にある中で初めて父上と母上に会ったのは5歳になってからだった。
その頃には魔力の扱いにも慣れ、暴走して火事を起こすようなことがなくなっていた。
1ヶ月に1度、扱いきれずに熱を出して倒れることがあるくらいだった。
「クラウディオ、そなたを城に戻そうと思う」
両親の私室に呼ばれての会話だった。
「これまで、そなたの存在は公にしていない。魔力が落ち着くとされる8歳を何事もなく迎えられたら披露目をしよう」
そうして城へ戻ることになり、8歳まで王族としての教育を受けることとなった。
ドロテーアとはそこでお別れとなり、新たに宮廷魔術師であるエドガーが護衛兼監視役としてつけられた。
身の回りの世話をする者も一度つけられたが、私のことは聞いているのか近寄ったり触れたりするのを怖がるため煩わしくなり断った。
ドロテーアと2人で生活していたので、できるようになってからは自分のことは自分でしていたので苦ではない。
エドガーはドロテーアの息子で、母親から引継ぎがあったのか私を恐れることもなく、一緒にいて楽なのはドロテーアとエドガーのみだった。
王族教育といってもほとんどのことはドロテーアが教えてくれていたし、魔法に関しては8歳から習うらしく、4歳から習っていた私はまだちゃんとした魔法が使えないことになっている。
剣術についてももう少し体が丈夫になってから、となるとダンスくらいしかすることがない。
兄と妹がいるらしいがまだ会わせてもらえないし、自由に外出もできない。
公式に発表されていないだけで、私の存在は城に勤務するものの中では知られることになり、城内は決められた場所なら移動することが出来たが、いつも遠巻きに不躾な視線を向けられ、気持ちのよいものではなかった。
ある日、ドロテーアと過ごした離宮がそのまま残されていることを知り、一番好きな場所だった図書室を思い浮かべてもう一度あの場所へ行きたいと強く願ったら、次の瞬間願いが叶った。
最初は夢かと思ったが、実際離宮の図書館にいるし、他の部屋を見ても少し埃っぽくなっていたがそのままの状態で存在していた。
空間を移動したのだと理解した時には興奮したが、すぐに現実を思い出して血の気が引いた。どうやって城に戻ればいい?城の自室にいたが、エドガーから離宮の話を聞いた直後だった。目の前で消えてしまったのではないか。
自室に移動したい、と願ってみるがどうしても行けなくて焦る。
ふと、ドロテーアの『魔法は想像力』という教えを思い出し、ほぼ篭りきりだった自室を頭にはっきりと思い浮かべて願えば移動できた。
「殿下!」
エドガーが大慌てで駆け寄ってきて、その勢いのままがしっと肩を掴まれた。
「一体何が起こったのですか!?急に目の前から消えてしまって…!心臓が止まるかと…!」
「すまない、監視対象が消えてしまっては仕事にならないな」
そう言うとエドガーは少し複雑そうな目をしたが、すぐに説明を求められた。
自分の身に起こった事をありのまま話すしかできなかった。
「それは…もう一度移動しようと思えば自由にできるのですか?」
「ああ、自分の意思でここに移動できたのだからいけると思う」
何ならもう一度行って帰ってこようかと伝えてみたが、魔力の消費量が想像できないから絶対にやめてくれと止められた。移動距離にもよるのかもしれないが、往復してもまだ余裕があるが。
「この空間移動の魔法については、信用の出来る者以外には伝えないほうが良いと思います。
変に伝わってしまったら、どこでも好きに入り込めると思われるかもしれません。いらぬ疑惑の種になるかと」
今ですら何かと周りの目が気になるというのに、これ以上妙な目を向けられたくない。
エドガーの言葉に素直に頷く。
だが、無意識に転移してしまうほど思い入れがあったことに同情してくれたのか、離宮への移動については条件付きで許してもらった。
行くときは、必ずエドガーに伝えてから。そして決められた時間で戻るということだ。
その時間はエドガーが人払いしてくれるらしい。
護衛のエドガーが一緒でなくて良いのか気になったが、離宮は以前から立ち入りが許可制になっているらしく、王族と王族が許可した者しか入れないので安全なようだ。
殿下が育った場所としていわく付きになっていますから今は王族ですら近寄りませんよ。と言われて複雑な気分になった。
時間で戻らなかった時には馬でかけつけるので、次に離宮に行ったときに絶対に私を立ち入り許可しておいてくださいとやり方まで図解で説明され、やらなかったら殿下の恥ずかしい思い出を母から聞き出して言いふらすと脅されて頷くしかなかった。
移動に失敗して知らぬところに行ってしまい行方不明になってはいけないため、これを肌身離さず持っていて欲しい、と小指の先ほどの大きさの薄青色の魔石を渡された。
エドガーの目と同じ色だ。
「私の魔力を注いだ魔石です。これがあれば私には居場所探知できますので」
「自分の目の色の装飾品を贈るのは恋人や妻ではないのか」
幼い頃から婚約者がいるような貴族は16の成人と同時に婚姻するらしいが、20歳を超えて妻どころか婚約者や恋人すらいないらしいエドガーにそう言うと、イラッとさせたらしい。
「いえ、厳密には魔石であって装飾品ではありませんから。私の人生で初めての贈り物ですので大事にしてください」
にっこりと微笑まれたが目が笑っていない。
ちょっと気持ち悪かったが、離宮へ行きたいので大人しく身に着けることにした。
落としそうだったので腕輪にして魔石を嵌め込んでもらったら、結局装飾品のようになってしまって申し訳ない。
そうして時々父上や母上と食事を共にしたり、エドガーと魔法の勉強をしたり、離宮に篭ったり、熱で倒れたりして生活していた7歳のある日、それは起こった。