幕間 手紙(クラウディオ視点)
その手紙が届いたのは、マリオが月に一度の帰宅をした翌日だった。
これまで城へ納品ついでに友人―王太后様に会いに行っていたマルグリットに、陛下への手紙を託していたのだが、初めて返事をもらったのだ。
特に何の装飾もない封筒に、私的なものだと分かってどきどきと胸が鳴った。
――父上が、初めて私に手紙をくださった。
早速自室に籠って確認したその内容は、色々な意味で涙が出るものだった。
ずっと手紙をありがとう、いつも王妃と読んでいる。毎月届く手紙が最近の楽しみになっていた。
ドロテーアの家での生活は、とても豊かで幸せそうで、親として当たり前の幸せを与えてあげられなかった事を実感した。
本当に申し訳なかった。
学園に入ってしまえばあまり時間が持てない。だから今のうちに、少しでも家族としてやり直せないだろうか。
少しでも早く、帰ってきて欲しい。
クラウディオ、君の顔を見ながら、たくさん話をしたい。
会いたいんだ。
そう、綴られていた。
生まれてから、一番欲しくて欲しくて焦がれたものがそこにあった。
すぐにでも帰りたい。
だがここにもぎりぎりまでいたい。
相反する気持ちに、胸が引き裂かれるようだった。
最初から、早めに帰らなければならなくなる可能性もあると分かっていたのに。
あの頃より、今の生活が大切で手放し難いものになっていた。
マリオに、まだ何も伝えられていない。
どれだけ大切で、特別で、傍にいて欲しいか。
『コンコンコン』ドアのノックと共に「エドガーです」と扉の向こうから聞こえて、慌てて涙を拭った。
泣いていたことが丸わかりのような眼をしていたと思うが、見られたくなくて俯いてドアを開ける。
「…陛下は、何と?」
気遣っているような声だった。
「…会って話をしたいから、少しでも早く…帰ってきてほしいと」
思っていたより穏やかな声が出た。
ああ私は、父上が会いたがってくれていることが嬉しいのだな。
「…そうですか。良かったですね、殿下」
「ああ」
そうだ。私は、王子として城に戻る必要がある。
この手紙は命令ではないだろうが、求められれば答えなければならないのだ。
でも少しだけ、マリオと別れまでの時を過ごせるように時間をもらうくらいはしてもいいだろうか。
「今月末まで待ってもらえるように、頼んでもいいだろうか」
それから、マルグリットも含めて話し合いをした。
父上は、本気で私の事を気にかけてくれているようだった。
誰か人をやればいいだけなのに、直接マルグリットに手紙を預けたらしい。
これまでの礼を言われ、そろそろ息子に会いたい、頼むから返してくれないかと懇願されたそうだ。
まるで私が誘拐したみたいだったわ、と苦笑いしていた。
「今まで放っておいたんだから、少しくらい帰るのが遅くなってもいいわよ。
私から、月末まで待てって連絡しておくわ」
うっかり忘れてしまいそうになるが、マルグリットが言っている相手は陛下だ。
…強い。
マルグリットは前陛下といとこ同士になるので、父上など子どもと変わらないのかもしれないが。
「マリオには、どうする?…ぎりぎりまで黙っておく?」
私にとっても急な話だ。
まだ心の整理がついていないけれど、辛いときには話して欲しいと言われたのだ。
帰ることは嬉しいけれど、そのためにマリオと別れることが辛くて寂しい。
「いや、ちゃんと伝える。反応は少し怖いが…黙っているなんてできない」
「…分かったわ」
そうして実家から戻ったマリオに、伝えた。




